巻頭随想
情
岡 潔
1
1奈良女子大学
pp.9
発行日 1968年1月1日
Published Date 1968/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203498
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私は30歳の頃3年パリにいた.そして思った.何か日本には空気や水のようにいくらでもあるがここには無いものがある.一体何だろうと思った.そして探索した.フランスの大画家セザンヌの風景画は実によく描けている.しかしじっと見ていると何だか淋しくなって来る.日本の画は,これはその後に得た例だが適例だから挙げると,たとえば熊谷守一さんに双葉を10本程と蟻を5,6匹とを線描きした絵があって私はそれを写真版で見たのだが,見ていると不思議に心が楽しくなって来る.
かように自然と人との関係が大変違う.人同志となるともっと違う.西郷隆盛と勝海舟とは江戸城明渡しのときほとんど黙って唯対座していたのだということであるが,フランス人は言葉を通してでなければ心が通じ合わないらしいし,そうしてもどこまでが本心か互いにわからないらしい.
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