インターホン
尾瀬に遊ぶ
加田 千代子
1
1築地産院
pp.44-46
発行日 1963年9月1日
Published Date 1963/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202612
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自然の風景,高山植物などで知られている尾瀬は本当に素晴らしい.私が友達と尾瀬を訪ねたのは初夏だった.バスの終点大清水から三平峠を越え尾瀬沼へ着いたのは朝の4時.途中月明をたよりに,暗い山道を何度となくペチャペチャと水たまりにはまりながら登った.ときどき鳴くウグイスのさえずり,自分たちの話し声,靴の音,水の流れる音,聞こえるものはそれくらいで,静か過ぎて,むしろ淋しさを感じた.
初夏といっても尾瀬はまだ春という感じで,氷がやっと解け,雪解けの水をたっぷりたたえた尾瀬沼の夜明けは素晴らしいものだった湖面には朝霧がたち込め,日の出前の沼では小さな黒波が岸辺にささやかな音をたてていた.しかし数十分後には,旭光を受けた残雪の燧岳,山裾の森林,そして湖岸の湿原が現われ,さらに遠くは米粒のように,近くはちょうどピッチャーのように,純白の水芭蕉の群落が美しい姿を出し始めた.沼辺の森ではウグイスが優しい歌をうたい,ホオホケキョケキョとケキョを10回もサービスしてくれたりして,登る途中と違い何かしら楽しいような静けさだった.そこで始めたのが朝の食事,何といってもお腹を一杯にするのが先決問題と,リュックの中でいろいろに変形したオニギリを,パン食い競争で1等だった時のように一つ二つとパクつき始めた.とっても寒くてブルブル,持っている手が冷たく我慢できなくなり食事は中止.
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