社会の動向
空気もまた食物である
長谷川 泉
1
1医学書院編集部
pp.44-45
発行日 1959年3月1日
Published Date 1959/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201646
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国立衛生研究所が旧臘5日から1週間,都内全域にわたつて汚染空気の実情調査を行い,その結果が「東京新聞」12月31日付の記事に載つた.それによると,東京の空気は公衆衛生の許容量を越えている地点が大部分だという驚くべき数字が出たという.これはゆゆしい問題である.東京が膨張に膨張をかさね,世界第2の大都市となるにつれ,空気の汚染はますますひどくなる一方であるというから,このような実情は,寒心にたえない.何等かの対策を要するということになる.
人間の栄養はどこからとるか.この問に対する答は,容易に食物として口からとると答えられるであろう.たしかに,食欲は人間の生命を維持する大きな源泉であり,口から摂取された栄養物が人体を養い支えることは論をまたない.しかし,案外私たちは,もう一つの重要な要素を忘れがちである.それは何かと言えば鼻から吸い込まれる空気であり,空気中の酸素がそれである.呼吸作用によつて酸素が吸入され,体内を浄化して炭酸ガスをはき出して人体は維持される.食物は時には高価な,そしてなにがしかの金銭を支払わなければ口に入つてこない.これに対して空気は無尽蔵であり,1銭をも要せずして肺内に入り込んでくるから,人は全くその価値について無関心である.時に窒息のために死亡するにいたつたような記事が新聞の片隅に載るようなことがあつても,そのことの意味するものについての関心はほとんど私たちの頭をす通りしてしまうであろう.
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