講座
畸形兒の出産と助産婦
水野 潤二
1
1名古屋市立大学
pp.13-16
発行日 1954年6月1日
Published Date 1954/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200614
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去る夏の明方,私は病院からの,いつもとは趣の違つた電話で曉の眠りを覚された.その夜半に生れた兎唇の赤坊を隔離しておいた処,父親が窒息死させて自首してきたというのである.
この子の兩親にはすでに5才になる一子があつたが,これが不幸にも痴愚であつたので,親達の今度の子に懸けていた期待は大きかつたに違いない.それが不運にも狼咽まで伴つた兎唇で然も女の子であつたから父親(母親にはまだ秘されていた)にとつては,目出度かるべき出産は再び大きな歎きをもたらすのみとなつて了つた.時折当直の医師や看護婦が様子を見に訪れる外にはほかに誰もいないひつそりとした病室の一偶で,父親は打ひしがれた重い気持を懐いて,不憫な我が子の側に附添つていたのであるが,その間見まいとしても眼は自ずと無心に眠る兒の顔に向い,手も殆んど無意識的に無気味に裂けたその口許に伸び,果ては裂目をよせ合せて見る仕草になるのであつた.その内に兒の將来を思う親心が激しく昂まつてきて,遂には自制力の及ぶ限度を越えたのでもあろう,発作的に烈しく兒の口許の手に力が加わり,遂に兒の呼吸を阻む行爲を演じて了つたのである.
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