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人工肩関節の現状
世界最古の人工肩関節は,ルーマニア生まれのドイツ人医師であるGluckにより1890年頃に作成された象牙製のインプラントとされるが,うまく機能しなかったようで詳細な記録は残されていない1).金属を用いた人工関節としては,1893年3月11日にPean(外科手術器具のペアン鉗子で有名)によりパリで施行されたものが最古とされる.症例は結核性肩関節炎と診断されたウェイターを生業とする37歳の男性で,プラチナとゴム球を組み合わせた半拘束性のインプラントによる関節置換が行われ,閉創には馬の毛が用いられた.2年後,感染のため人工関節は抜去されたものの,一時はワインの給仕も可能なレベルまで「順調に回復」したとのことである.その後,カスタムインプラントとしての人工関節置換術の報告は散見するが,実用的な人工肩関節は,Neerにより1955年に12例の症例集積研究として報告されたものが始まりとされる2,3).当初は上腕骨近位端骨折に対して使用され,その後徐々に対象疾患を拡げていった.以降,正常解剖を模したアナトミック型人工関節〔人工骨頭置換術(humeral head replacement:HHR),アナトミック型肩関節全置換術(total shoulder arthroplasty:TSA)〕は,モジュラー化(機能単位での部品の細分化・共用化)や正常解剖を反映した設計改良を経て,現在に至っている(図1).
人工肩関節置換術の重要な対象疾患として腱板断裂関節症(cuff tear arthropathy:CTA)がある4-6).CTAは広範囲腱板断裂に続発する病態であり,肩甲上腕関節の変形性関節症性変化をさまざまな程度で併せ持つ.軽症例であれば保存的加療の対象となるが,疼痛と可動域制限を強く認める重症例には人工肩関節置換術が適応となる.腱板機能の喪失は関節窩コンポーネントの生存性を著しく損なうため4-6),本質的に腱板機能不全状態にある本症に対してTSAは禁忌であり,かつてはHHRが選択されてきた.しかし,CTAに対するHHRの成績は,除痛においては比較的良好であったが(おおむね75%程度で,satisfactory以上の除痛),機能的には安定せず「姑息的治療(limited goal operation)」とみなされていた.特に,神経麻痺や他動可動域制限を伴わない90°以下の自動挙上制限として定義される「偽性麻痺」症例では,HHRでの改善が期待できないことが多い.また,進行したCTA症例において生じる「前上方骨頭逸脱(superior escape)」,これは肩関節前上方向の静的制動機構である烏口肩峰アーチ(肩峰〜烏口肩峰靱帯)の破綻に伴い骨頭が前上方に逸脱した状態であり,特にリウマチ症例や腱板修復手術の術後修復破綻での発生が問題となる病態であるが,軟部組織手術やTSAでは制御できず,大多数の症例で成績不良となっていた1).
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