Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』—精神科入院患者としての側面
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.390
発行日 2020年4月10日
Published Date 2020/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552201931
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1951年に発表されたサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳,白水社)は,冒頭部分に「去年のクリスマスの頃にへたばっちゃってさ,西部のこの町なんかに来て静養しなきゃならなくなった」とあるように,米国西部の精神科病院に入院している17歳の少年ホールデンが,入院前の状況を話すという物語である.しかも,この冒頭部分には,自分の兄が「週末のたんびに,僕んとこを見舞いに来やがる」とか,「たぶん来月になるだろうけど,僕が退院してうちへ帰るときには,車で僕を送ってくれることになってる」とあるため,本人は退院間近かと思っているようであるが,そもそも彼が精神科病院に入院するに至った事情については明らかでない.
というのも,彼は作品の最後の部分で,「どうして病気やなんかになったとか,この病院を出たらどこの学校に行くことになってるとか,そういうことも言ってもいいんだけど,どうも気が進まない」と,病気をめぐる詳しい事情には口をつぐんでいるからである.そればかりか彼は,入院中の病院の精神分析医の質問を「絶対に愚問だよ」と断案し,「僕がどこで生まれたとか,僕のチャチな幼年時代がどんな具合だったとか,僕が生まれる前に両親は何をやってたか,とかなんとか(中略),そんなことはしゃべりたくないんだな」と語るなど,一般に精神分析医が重視する幼児期の体験や両親との関係にも触れられたくないという態度を貫いている.
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