理学療法草創期の証言
あの苦しさも今は良き思い出
池内 峯雄
1
1登別厚生年金病院リハビリテーション科
pp.717
発行日 1995年10月15日
Published Date 1995/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1551104398
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本誌編集室から本欄への執筆依頼を受けたとき,正直いって戸惑いを感じた.あれから30年を経て,辛いことは忘れる性格のせいか思い出せない事柄も多い.残っていた記録や学習ノートを引っ張りだして,自分なりの回顧として述べたいが,時折愚痴っぽくなる点はご容赦いただきたい.
私が登別厚生年金病院に就職したのは1962年1月だから,勤続33年が過ぎたことになる.就職した翌年,故・秋元久実先生から,「日本にも本格的にリハビリテーション医学が導入され,近い将来,新しい法制度と国家試験が予測されるので各自留意しておくように」との話があった.そして1963年,当院から国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院一期生として奨学生が入学し,秋元先生の話を現実のものとして感じることとなった.
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