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はじめに
理学療法は,その多くの場面で何らかの運動が介在して行われる治療体系である.随意的または他動的な運動によって,機能的に低下した運動能力を改善させるものである.したがって,運動(手段)によって運動(目的)を修正または獲得させるものであり,与える運動の質と,結果として表出される運動との相互関係(入力―出力)を客観的に捉えることが必要となる.さらに,入力によって神経系に形成される変容のメカニズムを理解することも,理学療法の効果を検討するためには重要である.運動学習は,一般的に運動の獲得およびその改善が起こる過程である.つまり,運動学習過程に関わる入力―出力関係の変容過程を捉えることが,理学療法の客観性を高めることにつながる.
運動学習は,その概念が心理学分野から発展してきたこともあって,運動学習を機能的な変容現象として客観的に捉えるようになったのはごく最近のことである.現在までに行われてきた運動心理学的な運動学習の捉え方に依拠して,運動学習に伴う生理学的な機能変容のメカニズムを付与することによって,運動学習の本質的なメカニズムを理解することができると考える.脳の可塑性は学習や記憶の根本的なメカニズムである1).運動学習に深く関わる中枢神経系の可塑性は,神経ネットワーク間の柔軟な結合を意味し,その特性を反映した現象である.これまでに脳の機能地図(cortical topography)の完成を目指して,様々な運動に関わる脳部位の変化に関する知見が,動物実験の結果から集積されている.特に,指の切除術後,神経切断,感覚入力遮断,触覚判別課題のトレーニング後など,感覚領域の機能再現部位には劇的な変化が起こることが知られている2~6).また,運動野に関しても運動学習後に機能的な変化が生じることが示されており7~9),ヒトの運動系にも同様の可塑的変化が起こることが広く認められている.特に,ヒトにおいては,運動野の可塑的変化を捉える有益な指標として,経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation:TMS)を用いた運動誘発電位(motor evoked potential:MEP)が広く用いられている.TMSを用いることにより,運動学習によって生じる変化を数msから数日間後のように様々な時間経過の中で捉えることが可能となる.
そこで,近年大脳皮質運動野の興奮性を検索する有益な方法として,TMSは神経内科,神経外科,リハビリテーション医学など様々な基礎研究分野で多用されるようになっている.この方法により,運動および運動学習に伴って惹起する生理的な機能的変化,すなわち,大脳皮質運動野に生じる可塑的変化を神経生理学的に検証することができる.本稿では,TMSを理学療法において使用する際に考慮しておくべき点について,特に運動学習または可塑性の評価に関してその知見を総説する.
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