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ロンドンに行くたびに、イギリスでは自然発生的に病院ができて、それが自然に医科大学となったということを実感として感じとることができる。フレミングがペニシリンを発見したセントメアリー病院医学校、サマセットモームが学んだセントトーマス病院医学校、ホジキン病のホジキンのいたガイズ病院医学校、血液循環を発見したウィリアム・ハーベーで有名なセントバーソロミュー病院医学校など、ロンドン大学医学部に属する医学校にはそれぞれ病院の名がついている。このような事実はいかにも自然な感じがして、イギリスは医学の上でも先進国であるという重みが感じられる。
振り返ってわが国の医学を考えてみると、その後進性が明らかである。日本は最初イギリス医学を取り入れる予定であったが、相良知安らの考えによりドイツ医学を取り入れたため、日本の医科大学は御上により無理矢理にドイツ流に作られたと考えられる。そのやり方は大学を作ってから病院を作るというやり方であったと思われる。それは大学付属病院が長い間、権威の象徴とされてきたことからも、うかがい知ることができる。最近、日本でも数は少ないが、大学の付属ではない立派な病院や研究所ができて、これらが日本の医学の指導的立場に立つようになってきたことは、西洋医学に目ざめてから百年以上たった成果であると思われる。一方、国立大学では公務員の定員削減政策のため、削減されてはならない定員までが削減されている。このような状況では、国立大学医学部および病院は今後ますます衰退し、現代医学および医療の進歩からとり残されることが危惧される。そろそろ日本でも、われわれ国民に根ざした独自の医学および医療が自然発生的に生まれてきてもよいのではあるまいか。
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