東西南北
機器診療の落とし穴
松倉 豊治
1
1大阪大学
pp.1032
発行日 1980年12月1日
Published Date 1980/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543202186
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ごく最近,神戸市元町電話局の自動交換電子回路の"どこかのポイント"の故障で,瞬時にして約2万台にも及ぶ電話機能の全面的麻痺が起こり,官公庁をも含め市内広範囲の通信パニックとも言うべき事態が起こった.しかもその故障の原因が全く不明のうちに,偶然に何となく回復したと言うに至っては,"神のいたずら"とか"神の戒め"などと変に気どったことを言うだけで済まされない"人類栄光の路"の落とし穴をみた思いをしたものである.そのときフト,その落とし穴の底から,約9時間にも及んだ電話不通の陰で思いがけない不幸にでくわした人たちの声が聞こえるように思ったのは,単に年寄りの思い過ごしだけで終わるのだろうか,という思いをした.
私は永い間法医学の勉強と実務に明け暮れて来たが,今から20年ぐらい前,西ドイツのフライブルグ大学の法医学教室を訪ねたとき,L助教授(当時)がそのころ先端的であった血中酒精濃度の多数同時短時間測定装置を駆使して,西ドイツのほとんど全域から急送される交通事犯関係の血中酒精濃度査定に従事,1日の処理数のおびただしい集計を誇らしげに私に説明するのに敬意を表した記憶があるが,後刻落ちついて考えるに,そこに得られた数値がたちまち警察や裁判所に送られて被疑者の刑事責任の有無・程度の判断につながるとなると,その機器及びオペレーターの完全さにその人の運命(というと大げさだが)がかかることに思い至って,しばらくは,当時の尖端的新鋭器の功績とそれに頼り切ることに潜む"悲劇の幻影"を脳裡に思い浮かべたことである.
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