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患者の血液から細菌を検出することは菌血症,敗血症の診断の確定とその治療上に重要な指針となっているので,他所からの細菌の混入による血液培養陽性の報告は診療側に大きな混乱を与えることになる.したがって病室内におけるベットサイドの採血から検査室内での分離培養まで,すべてに厳重な無菌操作が要求されてくる.そこで今回は汚染菌の混入による偽菌血症の発生例を検討して,血液培養実施時の参考としてみたい.
表に近年の代表的な偽菌血症の発生例を挙げたが,(1) Norden,(2) Farisらの例はペニシリン投与中の患者血液の培養時にペニシリンを中和させる目的で増菌培地に添加したペニシリナーゼが細菌で汚染されており,このことが原因で血液培養結果が陽性となった例で,今日では血液培養の実施時に増菌培地に投与抗生剤の中和剤を後から添加する場合は,血液と中和剤を接種した増菌培地のほかに,中和剤のみを接種した培地を同時に培養して中和剤の無菌試験を行うことがすすめられている.(3)Nobleらの報告例は,Bacillusによって汚染した市販血液培養用ボトルを使用したために起こった血液培養陽性例で,血液接種前に使用ボトルを調べ,不審な血液培養用ボトルは除外して無菌試験をする必要がある.(4)Kaslowらは病院内で皮膚の消毒に使用していた塩化ベンザルコニウム(オスバン)液がPseudomonas,Enterobacterによって汚染されており,この消毒液を静脈採血時に採血部位の消毒に使用したために血液培養の結果が菌陽性となった偽菌血症,更には敗血症の原因ともなった事例を報告している.報告によると,1972年3月アメリカのCenterfor Disease Control(CDC)に公立病院の3つの処置室の一つで,先年来より薬剤に多剤耐性の緑膿菌以外のPseudomonasが多数の血液培養検体から分離されているとの届け出があった.分離された菌はCDCの検査部でPseudomonas cepaciaと同定された.この公立病院の処置室では静脈血採取時の皮膚の消毒には1%ヨード液を使用していたが,問題の処置室の,ある検査員は時々1%ヨード液の替わりに塩化ベンザルコニゥム液(1:750)を蒸留水で30倍に希釈して皮膚の消毒に使用していた.また血液培養で菌が多く検出された.1971年4月〜1972年3月の間に採血器具と血液培養用培地は2社の製品を使用していたが,この2社の製品間には菌検出率に関して差異はみられなかった(図).1971年4月から1972年3月までにP. cepaciaの血液培養陽性は46例であり,これは各月別血液培養検査数の1.7〜15.0%に当たる.同じ期間中にEnterobacterの血液培養陽性が30例あり,各月別血液培養検査数の0〜5.9%であった.また5例のP. cepaciaとEn-terobacterの混合分離例があった.この発生例が偽菌血症とされた理由は,5例の混合分離例を含めた51人のP.cepacia血中分離例のうち調査できた38人について検討してみると,その61%が入院後24時間以内に血液培養を実施して菌陽性となったもので,これはP. cepaciaや他のブドウ糖非発酵グラム陰性杆菌が主として院内感染の原因菌種とされていることから考えると,院内感染が成立するまでの時間が短過ぎること,またこの公立病院ではほとんど発生例のなかった混合菌種の血中分離例が1年間に5例も発生し,死亡例が1例もないこと,時に院内感染の起因子とされる静脈内輸液を受けていたのは14人のみで,ほかに少数が呼吸器の治療と膀胱鏡検査を受けていただけであった.51人の菌検出陽性者のうち3人の患者は入院後10日以上経過してからの血液培養で菌陽性であり,その後数回の血液培養でもすべて菌が検出されており,全例に静脈内輸液も行われていた.そしてP. cepacia分離時には,分離株では耐性の抗生剤が投与されており,抗生剤を分離菌株が感受性の薬剤に切り替えた結果下熱し,症状の改善をみているので静脈血採取部位の皮膚汚染菌が血中に侵入して起こった敗血症と考えられるが,この3症例以外の48人には菌血症,敗血症の臨床症状は全くみられず,偽菌血症が疑われた.そこで処置室内の細菌検査を実施し,30倍希釈消毒液のびんと採血器具セット中の消毒液を浸した綿球からP. cepacia, Enterobactercloacae,E, agglomerans,Serratia marcescensが検出された.なお市販塩化ベンザルコニウム原液からは菌は検出されず,また希釈用蒸留水の100mlをフィルターで濾過後,このフィルターを培養したが菌を認めなかった.このような培養結果から,希釈消毒液保存びんが菌汚染源と考えられた.CDCで同定された血中由来P. cepaciaと希釈消毒液よりの分離株の生化学的性状と薬剤の感受性パターンは一致していた.また希釈消毒液分離Enterobacterも先年来の35症例中の33例の血中分離株とその性状が一致していた.汚染源をつきとめた1972年3月からは皮膚の消毒をアルコールとヨード液の組み合わせのみとした結果,その後の12か月間のP. cepaciaとEntero-bacterの血液培養陽性例はわずかに3例のみであった.(5)McLeishらの例は偽菌血症と言うよりも真の菌血症,敗血症に結び付く問題症例であるが,1974年12月にカナダの2つの病院で4日間に5例の色素非産生Serratiaによる菌血症が発生し,この原因を調査したところ病院内で使用中の抗凝固剤EDTA液入りの真空採血管が色素非産生Serratiaによって汚染されていることが分かった.真空採血管のロット別の培養検査では,11ロット中の4ロットが菌に汚染されていた.5人の患者の血中由来株と真空採血管からの分離株は同一性状を示しており,これらの分離菌はカナダ健康福祉局においてSerratia mrces-censと同定された.患者の1人は肘静脈採血部位に血栓性静脈炎を起こしていた.これはMen-delssohnとWittsら(1945)の指摘したように,駆血帯を外したときに採血管内の菌汚染血液の少量が患者血管内に逆流して入った結果と考えられる.真空採血管の細菌汚染に気付いたのは,この採血管で採取して室温に12時間放置してあった血液の塗抹標本の鏡検で細菌が観察されたからで,5人の患者も血液の採取に汚染されていたものと同型の真空採血管が使用されていた.このような発生例を防ぐには採血の目的が細菌培養以外の医化学,血液学的検査でも常に完全に滅菌された真空採血管のみを使用すべきである.
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