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はじめに
アスベスト(石綿)への曝露によって胸膜および肺に腫瘍が発生することは古くから知られている.すなわち胸膜に生ずる中皮腫については1935年Gloyne(イギリス)によって石綿労働者にみられた胸膜腫瘍が職業と関連がある可能性をもつことが示唆されていたが,1959年Wagner(南アフリカ)によってクロシドライト鉱山の労働者および近隣居住者に33例の胸膜中皮腫が発生したと報告されたことによって,中皮腫の発生とアスベスト曝露との関連は広く知られることとなった.肺癌に関しては,1935年Lynch & Smithによって,アスベスト肺に合併した肺の扁平上皮癌が報告されたのが最初であり,1955年Dollが石綿織物工場労働者では一般人口に比べて肺癌の発生率が約11倍であることを報告したことによって,肺癌の発生とアスベスト曝露との間の因果関係が疫学的に明らかとなった.
これまではこうしたアスベストへの曝露による中皮腫および肺癌の発生は,アスベストを扱う職種に限定された職業性疾患として扱われ,労働基準法にある災害補償の考え方に基づいて,労働者災害補償保険法に従って療養補償や遺族給付などが行われてきた.この制度の中で業務上の疾病として扱われる石綿関連疾患は,1 . 石綿肺およびその合併症,2 . 肺癌または中皮腫,3 . 良性石綿胸水およびびまん性胸膜肥厚である1).これによって労災認定を受けた件数は1999年度から2004年度までの間に中皮腫365件,肺癌174件であり,それほど多いとはいえない.しかし2005年6月,尼崎市にあるクボタの旧神崎工場周辺に居住した人の中から中皮腫が発生したという報告に端を発して,にわかに一般生活環境のもとでもアスベスト曝露による中皮腫・肺癌の発生があることが注目された.その結果,これまでの労災補償制度の対象にならなかった人を対象とすることを念頭に“石綿による健康被害の救済に関する法律”が制定され,2006年3月27日から施行されることとなった.
この制度では,救済対象となる指定疾病は中皮腫および肺癌に限られ,一般生活環境のもとでの発症は考え難いとして,労災制度の中にある石綿肺,良性石綿胸水,びまん性胸膜肥厚は除かれた2).そこで,この制度による救済を申請するに当たっては,中皮腫あるいは肺癌であることの臨床的および病理学的な証明が重要となり,特に中皮腫については,病理学的診断の確からしさが患者救済のキーポイントになったといえる.
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