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はじめに
ギリシアのHomeros作と伝えられる長編叙事詩『オデッセイ』に登場するギリシア西海岸にあるイタカ島の王の名をUlyssesという.Ulyssesはその物語の中でトロイア遠征ギリシア軍に参加し,木馬の計略によってトロイアを落城させた.トロイア陥落の後,Ulyssesは帰路についたが途上ちょっとしたことから海神ポセイドンの怒りに触れ報復として海上の見知らぬ国を10年間も漂流させられた.その間,数多くの危機を乗り越え,ようやく故郷に帰りつくが老乞食の姿に変わっていたため,愛犬のほかはだれも正体を見破ることができなかった.王妃も容易に自分の夫と信じなかったが,周囲の者の助けや証拠を示してやっと認められ,めでたく王位に復する.Ulyssesの冒険譚は,故郷を出発してから20年もの間,いわば必要のない苦労に次から次とぶつかり,ようやく元の故郷へたどり着くという物語である.この主人公の苦労をなぞらえてRang,M. がUlysses syndromeというものを提唱した1).これは医原病の一つとも言える内容で,臨床検査を受けたある人が,そのとき健康であったにもかかわらず,偽陽性の検査結果などの理由により,再び検査を繰り返されたり,追加されたり,あるいはその誤った検査結果に基づいて治療などを受け,以後その反復で場合によっては体に異常をきたしてしまうことのある危険性を告発,警告したものである.したがって健康な人が一度このような曲折した道に迷い込むと,そのつどもっともらしい診断名が下されるが,本質的には"検査を受けた"ということがなんらかの引き金になっているのが特徴である.Ulysses症候群という名称は,症候群ということばが付けられているが,他の病名と性格的に異なりむしろ医原病,患原病などの用語と同種の人為的な現象を指すと考えてよい.つまり現実のカルテに付される病名ではない.
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