中検へ一言・中検から一言
危険なマンネリズムから脱する,他
平田 清文
1
1東邦大・内科
pp.162-163
発行日 1976年2月15日
Published Date 1976/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542909275
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臨床経験25年の過去を顧みて,臨床検査室は中央検査室(中検)としてシステム化され,その役割は将来ともにますます高く評価される段階にあるといえましょう.かつては臨床医自ら行っていた一般検査はもちろん,臨床のかたわら研究室で行っていた多くの特殊検査についても,現在は検体と依頼状を送れば,容易に成績(測定値)が得られるよう,臨床医学は大変進歩してきたことを切実に感じています,しかしその反面,中検の高度なシステム化に伴って,医師側にも中検側にも,様々な問題が指摘されるに至ったことは残念なことです.例えば医師側についていうと,検尿,検便,末梢血検査などの基本的手技を忘れ,中検なしには何も診断できないあわれな医師(?)もいる事実を否定できないのです.また多数の検査項目を指示しても,その成績や意義についての適切な評価ができない医師も少なくないと思われるのです.他方,中検側については,中検の作業がとかく制限時間のある機械的な流れ作業であることが多いため,医療における検査技術の重要性を忘れがちになることも否定できないように思われます.そこで中検への進言として,日ごろ感じていることを,順次列記したいと思います.①いかなる臨床検査においても,作業の開始前,常に測定原理と手技の再確認を要し,再現性のある確実な成績を報告することです.マンネリズムに陥り,無関心な作業を行うことは誤りを起こすもとです.
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