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橋のおかしさ
屋形 稔
1
1東新潟病院
pp.739
発行日 1993年7月15日
Published Date 1993/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542901594
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川をまたいで両岸をつなぐ橋というものはおかしいものである.このおかしさは滑稽の意ではなく心惹かれるとか趣があるの意である.本棚をざっと見ても「柳橋物語」(山本周五郎)や「橋ものがたり」(藤沢周平),それに杉本苑子などは「橋のたもと」,「永代橋崩落」,「姿見ずの橋」など傑作の数々の中に橋を背景としたものがあり,橋に惹かれる心が窺われる.人と人を結ぶ重要な役も橋わたしというし,橋のない三途の川には戻りがない無気味さがある.
時代小説の橋は人物の生活や風俗を描き出すためのロマン溢れる橋の姿であるが,私たちの見る風景としての橋も人生の記憶の中に刻みこまれていることが少なくない.少年の頃故郷の村はずれの阿武隈川に渡された鶯橋という,当時すでに老朽化しつつあった木橋があった.点在する村落をつなぐもので,春に鶯の多いための愛称であったのか,渡るとキイキイきしむための通称であったのか定かでない.この流れの反対の村はずれにかかる橋は確か飽戸橋という名であったがこの由来も思い出せない.ただ,この附近は一面森と林で八幡太郎義家の史蹟が沢山残っており,矢を葺いてそこに大将が宿ったところからわが村の名が矢葺き(矢吹)となったと伝えられていた.五里ほど離れた親戚によく徒歩や自転車で遊びに行ったが,帰途にここまで辿りつくとホッとしたもので,姿変われどわが心象風景には色濃く残っている.
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