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はじめに
現在,物質の分離・分析目的で逆相クロマトグラフィーが非常に有力な手法として,研究室での基礎研究から臨床検査などの応用分野に至る様々な分野で利用されている.逆相クロマトグラフィーでは,一般に,カラムの充填材表面は水になじみにくいオクタデシル基で修飾されており,この表面と分離対象となる物質との相互作用を,メタノールやアセトニトリルなどの有機溶媒と水溶液との混合溶媒からなる溶離液の組成を任意に変化させながら制御して分離・分析を達成する.本手法では,イオン性の溶質の場合は,オクタデシル基との相互作用を制御するために疎水性置換基をもつイオンペアリング剤を用いることがあり,分離・分析後にこれらを試料から分離する手間がかかる.さらに,蛋白質などでは,有機溶媒を用いることにより,高次構造が崩れ,場合によっては変性するおそれがある.分析後の廃液は有機溶媒と水溶液の混合物であり,このなかから有機溶媒だけを分離・回収するのは困難で,一般的には燃焼させるなどの方法がとられる.有機廃液の燃焼に伴う炭酸ガスの排出は一方で環境問題になるおそれもあり,有機溶媒を減量したり,全く用いることのない分離・分析手法の開発が必須である.
このような背景の下,われわれは図1に示す構造を持つポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)〔poly(N-isopropylacrylamide);IPAAm〕1,2)を利用したクロマトシステムの構築を目指し,PIPAAmをカラム担体の修飾剤として用い研究を展開した.PIPAAmは,水溶液中32℃を境に低温では水溶性を示す一方,32℃をわずかに超えた温度で直ちに水に不溶となって白濁・沈殿する温度応答性を示す高分子である.この特性を利用し,高分子鎖を架橋して温度変化に伴って水中で膨潤・収縮する特性をもつハイドロゲルとし,感熱応答性薬物放出ゲルとしての研究が展開されている2,3).
この高分子をガラス,シリカビーズ,あるいはプラスチック表面に化学的に固定すると,この表面は温度変化に応答して,水によるぬれ性が大きく変化する表面ができる.すなわち,32℃以下では水になじむ(親水性)表面であるのに対し,これ以上の温度では水になじみにくい(比較的疎水性)表面となる(図2).
Okanoら4~6)は,細胞培養皿表面をPIPAAmで化学的に修飾し,この表面上37℃で培養した細胞を,32℃以下の温度にするだけで,通常必須のトリプシンなどの蛋白質分解酵素を用いることなく,培養細胞を極めて非侵襲的に回収することに成功した.この培養皿を用いると,コンフルエントに培養した細胞を単層組織として回収できることを見いだし7,8),単層組織を細胞シートとして用いる再生医療に関する研究を展開している9).一部の組織では臨床応用され,極めて有意義な治療が実現できることが見いだされつつある10,11).
このような物性変化を利用して,われわれは溶質との相互作用を制御する温度応答性表面の構築を目指し,研究を展開している.本稿では,温度応答性ポリマーを用いるクロマトグラフィーに関する研究を以下に概説する.
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