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はじめに
ヒトゲノム全配列を決定するゲノムプロジェクトが完了し,ヒト遺伝子数は3万から4万前後であることが明らかとなった.この結果,われわれは,いわば「生命の設計図」を手に入れたことになる.しかしながら,個体が正常に発生し生命を維持していくためには,これら設計図に基づいて,遺伝子が適切な時期に,適切な場所で,適切な量,他の遺伝子と適切な組み合わせをもって発現されることが必須である.われわれの細胞では,すべての細胞に同様に与えられた「設計図」から,時間・空間的に特異的な遺伝子情報の取り出し,すなわち遺伝子発現が正しく行われなければならない.
さて,遺伝子発現は,遺伝子DNAから最終的に活性をもつ蛋白質が生合成される全過程を含む.その中で,DNA情報を読み取る最初のステップが「転写」である.転写は,遺伝子発現のオン・オフを制御する最も有効な調節段階であり,その仕組みは,酵母からヒトの間で高い相同性で保存されている.転写は,開始・伸長・終結・再開始の転写サイクルから構成され,mRNA合成をつかさどるRNAポリメラーゼⅡ(polⅡ)を中心に,多くの蛋白因子(転写因子およびその周辺因子)によって制御される.最近の研究は,転写がプレmRNA産物の成熟・修飾・輸送過程と緊密にカップルしていること,ヒストン修飾によるクロマチン構造変換とそれによるエピジェネティックな遺伝子発現制御機構を明らかにしつつある.転写を独立した部分反応でなく,細胞の核を場とした遺伝子発現の統合的な反応の一部として捉えることが可能となった.
今や,転写因子の異常が様々な疾患を引き起こすことは広く知られており,医学,生命科学領域における転写因子研究の重要性はいうまでもない.転写因子は,臨床に携わる医師や検査領域にかかわる技師にとっても日常必須の知識になった.この特集では,この概説に続いて疾患と転写因子とのかかわりについての総説が1年を通じて論じられる.したがってここでは,基本的な転写機構,それを制御する転写制御因子について概説し,クロマチン制御など転写の統合的理解に向かう最近の知見を紹介する.本稿に続く各転写因子特集の理解の一助になれば幸いである.
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