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はじめに
サルファ剤,ペニシリンの発見およびその臨床への導入以降およそ70年あまりが経過した今,抗菌薬を取り巻く環境は大きな曲がり道に来ている.サルファ剤,キノロン系の合成抗菌薬を除いて,ほとんどの既存抗菌薬は土壌中の放線菌あるいはカビが作り出した抗生物質に由来している.抗生物質の生理的な役割は正確にはわからないが,土壌中の微生物間の動的生態制御に働いていると考えられる.この機構に働く正の制御の一つが抗生物質であるとすれば,負の制御に働いている要因の一つは抗菌薬耐性因子である.そして抗生物質産生菌が,同時にその抗生物質に対する耐性因子を保有している事実も知られている1).すなわち抗菌薬の開発とその臨床導入は,いわば土壌微生物から,抗菌薬をピックアップしそれを大量に増幅して環境中にフィードバックするようなものである.その結果反映として,その抗菌薬に対する耐性因子保有菌株が選択されてくるのは自然の摂理であり回避することはできない.抗菌薬の開発と耐性菌の出現,現在まで繰り返されてきたこの過程の次のステップは多種類の抗菌薬に同時に耐性を獲得した多剤耐性菌の出現である.耐性の蔓延や多剤耐性化には,自然界において微生物の間に普遍的に見られる積極的な遺伝子の相互流通,すなわち遺伝子の水平伝播が関係する2).
遺伝子の水平伝播にはプラスミドによる伝達,ファージによる伝達,死細胞から漏出したDNAの取り込みによる相同性遺伝子組換え,さらには転移性DNAトランスポゾンやインテグロンよる遺伝子組み込みなどが関与する3).特に多剤耐性化には,多数の遺伝子をカセットのように次々と嵌め込む能力をもつインテグロン構造のDNAが大きく影響する.また一方で耐性遺伝子そのものにも突然変異が生じ,耐性遺伝子産物の耐性スペクトルを拡大し,旧来の耐性からアップグレードさせている.
現在感染症治療に大きく立ちはだかっている耐性菌には,ペニシリン耐性肺炎球菌,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌,グリコペプチド耐性菌(腸球菌,黄色ブドウ球菌),基質特異性拡張型βラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌,メタロ要求性βラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌,フルオロキノロン耐性カンピロバクター,多剤耐性アシネトバクター,多剤耐性緑膿菌,多剤耐性結核菌などであるが紙面の都合上その一部を個々に解説する.
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