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ここ10年あまり医療の経済分析を専門にしている筆者でも,最近の医療制度や政策の変化の激しさは目を見張るものがある.しかし,それでもこの1月ほどの間にマスコミなどに報道されたニュースにはただ驚くばかりである.これだけの不確実性の中で,筆者が21世紀の医療保障の方向性を議論することにどれくらい意味があるかどうか,書いていてはなはだ心もとない.新聞などの報道によると,厚生労働省は老人医療制度の適用年齢を75歳へ引き上げることや,老人の自己負担率を2割に引き上げること,健康保険本人の自己負担を3割に引き上げることなど,難病や特定疾患などの患者についても自己負担率を適用することなどを決めたという.これらのニュースは,関連した審議会の委員などを除けば,ほとんどのアカデミックな医療問題の研究者には寝耳に水だったのではないだろうか.他方,医療分野における規制緩和の要求に対して,厚生労働省が極めて消極的な回答をしたとの報道にはあまり驚いた研究者はいなかったのではないだろうか.
わが国の経済は,バブル崩壊後の金融市場の混乱に端を発し,長期化する不況によって成長がほとんどストップしたままである.その中で不況が物価を下落させ,それがさらに金融不安を増大させるというデフレスパイラル現象さえ見られ始めている.こうした状況にあっても,これまで医療費だけは着実に増加してきており,不況によって保険料収入の伸びが止まってしまった医療保険の赤字を拡大させ,減税と不況により税収が止まってしまった国や地方の財政赤字を拡大させている.このように医療サービスだけが不況とは無関係に拡大し続けてきたのは,わが国の医療制度が市場メカニズムから切り離された資源配分メカニズムによって運営されているからである.しかもこのメカニズムには医療サービスの需要と供給とを均衡させる能力が備わっていないため,時とともに拡大する不均衡が表面化しないように規制は強化され,しかもかなり便宜的に変更されてきた.このようなメカニズムの不均衡は,医療制度と市場経済の接点である,保険収支や財政収支に一方的に反映され,わが国の財政や政府制度そのものの信任を揺るがしかねない規模に達している.
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