時評
「医療倫理」考
小野 重五郎
Jugoro ONO
pp.887
発行日 1987年10月1日
Published Date 1987/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541209165
- 有料閲覧
- 文献概要
近年,「医療倫理」という言葉が,マスコミだけでなく,学会や医療関係雑誌にも出現し,流行語の観を呈している.これが,現代の医療技術革新と臨床のリアリティに根を置く深刻な問題であることに疑いはないのだが,流行語が常になにがしかの時代の軽薄さを反映しているように,この言葉にも,そのリアリティとの間に,ある種の違和を感じるのである.一見些事のようだが,この辺にこだわってみたい.
医療が自然科学としての医学(もっとも自然科学と言い切ってしまうことに議論はあるが,この際触れない)と区別されるのは,前者が<行為>を中心にしたものであるからだ.その対象は抽象的な人間ではなく,市民社会の権利や意志や欲望を持った個人である.したがって,社会的な対人行為に伴う価値や規範,目的や責任,すなわち倫理と一括されるものは,医療の概念のなかに不可欠の要素として住みついているものである.医療技術革新は,行為の手段における技術革新に過ぎないのであって,これが行為の価値や規範に変容を与えることはあっても,医療が行為の次元にあるという基本の構造は変わらない.
Copyright © 1987, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.