人
病院の隆盛築いた三代目大分市医師会立アルメイダ病院院長 吉川暉氏
宇都宮 文夫
1
1前大分市医師会
pp.200
発行日 1980年3月1日
Published Date 1980/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541207097
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昭和27年京都大学医学部を卒業され,昭和30年には郷里大分市へ帰り,別府市の九州大学温泉治療学研究所産婦人科に勤務された.一つは父君吉川渡先生(東京大学医学部卒業)が大分県立病院産婦人科部長を辞めて市内で開業しておられ,その長男としての責任もあったであろう.ところがその父君が急逝されるに及び,後を継いで市役所の隣に開業,父君にも増して盛業された(現在は市役所の拡張のため市内中島中央町に移っておられる).
私が先生のお宅に足繁く通い始めたのはその頃であった.目的は彼を大分市医師会の理事に引っ張り出すことにあった.開業早々の彼には相続税の問題,夜間にも及ぶ診療などがあり到底無理という.説得は容易ならざるものがあった.最終的には私どもの熱意が受け入れられ,ようやく理事となって下さった.彼と大分市医師会とのつながりは,そういうことから始まった.大分市医師会に共同利用施設を作ろうという動きが起こったのもその頃であった.
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