管理者訪問・15
勝連盛文先生—沖縄・中部病院管理官
岩佐 潔
1
1病院管理研究所
pp.65
発行日 1969年5月1日
Published Date 1969/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541203643
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基地の街コザ市に接した具志川町に琉球政府立の中部病院が建っている.この病院は,1966年3月に開院したものであるが,初工費約120万ドルのうち,約115万ドルは米政府の支出であった関係もあって,ちょっとアメリカの病院のような様相を示している.正面玄関をはいると,外来患者がいないので,病院内がしんとしているのが気持ちよい.もっとも,第二期工事で現在後のほうに大きな外来部が造られ,すでに一部が使用されていて,いわゆるオープン病院でなくなってきている.
玄関から右へ廊下を進むと,奥にDirectorと標示の出た院長室があるが,その手前にAdministratorと標示された部屋があり,ここで執務しているのが勝連氏である.したがって,氏は,わが国では珍しい病院管理者の肩書きを持つlaymanなのである,手渡された名刺には中部病院管理官と書かれている。裏を返すと英語で,Administrator of CentralHospitalとある.もっともこれは,一昨年,アメリカのシカゴで開催されたアメリカ病院協会の総会に出席するためアメリカ人に薦められて作った名刺で,医師である病院長がほかにいるので,実際は本土の事務長と同じものだと氏は説明する.
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