病院長プロフイル・9
武蔵野の雄神崎三益氏(武蔵野日赤病院長)
武藤 多作
1
1松江赤十字病院
pp.30
発行日 1954年2月1日
Published Date 1954/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541200768
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戦後赤十字病院が真裸体にされて,世間の荒波の中に放り出された時兎に角赤十字としての持ち味を真向うに振りかざして,淘々たる組合の赤化運動に立ち向い,赤十字病院としての行方を迷わせなかつたのは,彼神崎三益の大きな功績だつた。だから昭和24年,丹精こめて仕立て上げた秋田日赤を後進に譲つて,武蔵野のド真中に進出して来た彼には,一つの立派なイデオロギーがあつたに違いない。世間に対して云わんとする処少くとも赤十字病院は斯くあるべきだと云うことを,そのままに白紙の上に達筆に書いたのが,彼の武蔵野赤十字病院である。
元来赤十字と云う処は,全く金のない処で白い羽根募金の如きも,殆んど一文も病院経営には流れて来ないのが事実である。
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