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ドイツにおける医療政策の決定プロセスの特徴として,政党主導,地方分権,関係団体の当事者自治という3点を挙げることができる.しかし,この3つのファクターはしばしば対立し,譲歩と妥協が繰り返されるなかで,政策が具体化されていくことが多い.妥協が成立しないまま,政策の決定が先延ばしされるケースも珍しくない.以下では,前のシュレーダー政権下における医療政策の決定プロセスについて,主として政党主導という視点から見ていくことにしたい.
■政党主導の政策決定
1.主要政党の医療政策
2003年9月,「医療保険近代化法」(Gesetzliche Krankenversicherung-Modernisieriungsgesetz, GMG)が成立し,2004年1月1日施行された.この改革法は,1993年に成立した「医療保険構造法」(Gesundheitsstrukturgesetz, GSG)以来11年ぶりの与野党合意に基づくものである.その間,1998年9月の総選挙による政権交代をはさんで,いずれの政府の改革案も野党の反対で成立を阻まれ,小規模な改革が繰り返されてきた.医療政策をめぐる政党間の対立がいかに激しかったかを示すものといえよう.
先の与党の社会民主党(SPD)と野党のキリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)の医療政策は,ともに保険料率の抑制を最大の目標においている.それはドイツの社会政策および経済政策における最大の課題が失業問題への対応であり,医療政策も基本的にはその枠内で対応が求められているからである.付言すれば,ドイツはこの十数年来,景気が低迷し,失業率が10%を上回る状況が続いており,景気回復による失業問題の解決が最大の政策課題とされてきた.一般にドイツの景気が回復しない原因として,硬直化した労働市場と高い社会保障負担が労働コストを高止まりさせ,それがドイツ商品の国際競争力を弱化させるとともに,企業の国内投資意欲を阻害していると指摘されている.そのため,労働市場改革と並んで,保険料率を抑制するための社会保障改革が大きな課題となっている.
しかし,そのための医療制度改革の方策は大きく異なっている.SPD は社会的連帯と公平性を重視する立場から,公的介入と競争との並存,患者負担の軽減を求め,具体的には医療支出を抑えるための予算制の導入と拡大,医療供給側への規制の強化等を主張している.それに対して,CDU は自己責任と当事者自治の強化を重視し,公的介入よりも自由化と競争の促進が必要であるとして,保険者(疾病金庫)や医療機関における競争の促進と当事者自治の拡大,被保険者の選択と自己責任の強化等を主張している.
具体的に例を挙げながらみてみよう.1998年9月の総選挙で誕生したシュレーダー政権は,11月に「医療保険連帯強化法」を成立させた.これは総選挙の公約に沿ったもので,その内容はコール前 CDU 政権が選挙前に制定し1999年から施行予定のいわゆる「第3次改革」を撤廃,修正するものであった.第3次改革というのは,1993年の改革以降3度目の改革を意味しているが,その内容は,予算制の廃止(1993年以来,外来,入院,薬剤の部門別に予算制が導入されていた),薬剤と入院における患者負担の増大,歯科補綴における差額徴収の拡大(自由化),保険料率の引き上げと患者負担の連動措置(保険料率を0.1%引き上げた疾病金庫に対して,薬剤等の患者負担を1マルク引き上げる.保険料率の抑制策),民間保険方式の導入(償還払いの導入,給付を受けなかった者への保険料の還付)などで,CDU の医療政策を色濃く反映したものであった.
SPD 政権は連帯強化法によってそれらの多くを撤廃し,患者負担を縮小し,予算制を復活させた.まさに政党間の医療政策の相違が如実に現れた改正であった.SPD はこれに続いて,1999年に医療制度の抜本改革として「医療改革2000」(Gesundheitsretorm2000)に向けての作業を開始した.
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