どびら
あるメランコリーのつぶやき
小林 夏子
1
1都立松沢病院
pp.249-250
発行日 1972年8月9日
Published Date 1972/8/9
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1518104240
- 有料閲覧
- 文献概要
現場はたいへん忙しい?!
ある病棟に週1時間程度出入りしている外来職員Aさんから聞いた話である.ある日Aさんはいつもの病棟で思いがけなく患者のBさんに呼びとめられたのだそうである.BさんはAさんに丁重にお辞儀をして‘お蔭さまで今日退院することになりました.本当にお世話さまでした’と何度もお礼を繰り返すのだという.Aさんは突嗟に‘それはおめでとうございます’と合づちをうったものの,なぜお礼を言われるのか合点がいかない.退院だから誰にでも感謝の念が湧いてくるのかしらと思ったりした.しかしBさんと話すうちにようやく事情がわかってきた.というのはAさんにとっては顔は知っていても余り接触のなかったBさんであったが,Bさんは入院時にAさんから強く励まされ,支持されたからこそ退院の今日までがんばってこられたというのである.初めての入院で,どうにも心細く落着かないまま病棟の戸口の辺をうろうろしていたBさんが通りかかったAさんに‘私はもう一生退院できないんでしょうか’と思わず話しかけたのである.その時Aさんがこの訴えをうけて一言二言励ましてくれたのが心に残っていたのでお礼を言うために待ちかまえていたのだった.Aさんはごくありふれた世間話のついでのように,この話をしただけである.けれど私はこれを聞いて何んとも重苦しい余韻を感じている.現場の毎日はまったく忙しく過ぎてしまうことも確かであるが,Bさんの入院生活は果たして一般的だったのだろうか.それとも特殊だったのだろうか......
Copyright © 1972, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.