とびら
杖について
今田 拓
1
1宮城県拓杏園
pp.73
発行日 1978年2月15日
Published Date 1978/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1518101624
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先日,山形の松葉杖製作社の社長と松葉杖の改良について話し合ったが,その席上の余談である.ある田舎の小学校を卒業した同級生達が,老境にある恩師に杖を贈ることになり,5万円集めて,この社長に注文した.身体障害者福祉法の基準にある杖は1600円であるから,さすがに社長もびっくりして,この記念すべき杖を探しに東京まで出かけて,紫檀の杖をみつけ,これを入れる桐箱を造って納めたという.杖を贈られた恩師は病床にあり,杖をつく機会もないまま,間もなく亡くなられたが,病床に教え子達から贈られた美しい紫檀の杖が,すこしでも恩師に回復への希望を抱かせたとすれば,まことに恵然肯来の杖というべきであろう.
杖は戦争の度に発達した義肢装具と異なり,生活用具として人間文化の発達と共にその歴史を持っている.古代エジプト王朝時代の墓の彫刻に脊髄性小児麻痺と考えられる人が,長い一本杖を持って立っている情景がみられるし,中国では八十歳になると朝廷で杖をつくこと(朝杖)が許されたという古い記録がある.わが国でも古事記に伊弉冉尊に追われた伊弉諾尊が,泉津平坂で杖をついて逃げ帰る描写がある.
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