とびら
精神病院の長期入院者
冨岡 詔子
1
1山梨日下部病院
pp.329
発行日 1977年5月15日
Published Date 1977/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1518101470
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Tさんは今年45歳になる,恰幅のよいオジ様である.診断名は分裂病.入院して15年になるが,病院の営繕に出て助手みたいな仕事をしている.職員には素直だし,身のまわりのことも自分でするし,話しかけられれば,結構ニコニコと応じてくる.月一回のダンスパーティーには,ネクタイ,背広に,流行の踵の高い靴をはき,ポマードで髪をなでつけて,さっそうと登場してくる.実習生などは,一体どこが病気なんですかと考えこんでしまう.「どうして入院しているんですか?」「先生がまだ退院は早いっていうから」「先生はどうしてまだ早いっていうんでしょうね?」「さあ……」「退院のことは,もうあきらめたの?」「いいえ,退院したいです」「退院してからの予定は?」「アパートでも借りて仕事します」「どんな仕事をしたいの?」「パン屋さんみたいな仕事がいいね」「今何か困っていることは?」「別にないです」.という具合に,少々イジワルな質問をしてもニコニコしているだけで一向に埓があかない.入院生活や,退院について語る時に,不安や,焦り,あきらめや期待といった情緒が殆んど伝わってこないのである.まさに悩みなし人間になって暮しているともいえよう.これはTさんのように,これといった問題行動は全くなく,身辺もきちんとしているし,院内の各種プログラムにもよく参加している長期入院の人たちによくみられる第一の特色である.
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