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最近考えていることを,大雑把ではあるが,このページをかりて述べてみたい。かなり大胆なspeculationを含ませて頂いたのでご容赦下されば幸いである。それはこれまでに幾人かの老人の"めまい"患者をみる機会にめぐまれてきたが,これらの臨床経験から本当に老人にいわゆるメニエル病が存在するのかどうかに疑問を感じるようになつてきたからである。
その理由の一つは,"めまい"を主訴として外来を訪れる老人をfollow-upしてみると,あとで意外と脳動脈硬化症によるものが多い事が解つたからである。このような症例では詳しく調べてみると,単なる"めまい"だけでなくこれに加えて高音急墜や高音漸傾などの聴覚障害や後迷路性の障害を伴う事が多いからである。さらにこのような老人の病歴や家族歴をよく調べてみると高血圧がありしかも遺伝的にみると,両親かあるいはいずれか一方に高血圧がありしかも脳卒中で死亡している事が多い。またこれらの症例は,その多くが40代前半までは,また時として30代後半までは血圧が正常であるが,この年齢を越える頃より血圧が徐々に上昇するものが多い。しかもいずれの症例もどこかで高血圧が指摘され,その上降圧剤の投与をうけていることが多いのがこれら症例の特徴である。また高血圧に移行する時期までに,血圧のきわめて不安定なつまりラビールな時期を通過するようである。さらに竹内によればこの時期の眼底所見は多くの場合,硬化像を示すことが少なくSheieの分類ではSheie(H)もSheie(S)もいずれもI°からII°の事が多い。このような血圧不安定な時期を通過して着実に血圧が上昇して脳動脈硬化症を完成するようである。そして動脈硬化とくに脳動脈硬化に移行するといわゆる脳の血液の循環不全を示すようになる。この時期になると循環不全は,内頸動脈系つまり前大脳動脈や中大脳動脈と,椎骨脳底動脈系とに区別できるようになる。これら両者ではその病型が異なるのは周知の事実である。これから述べようとする椎骨脳底動脈系では"めまい"そしてこれに加えて聴力障害がそのサインの一つとなる。これに反して内頸動脈系では第2表の如く手足の麻痺,知覚障害などの所見がそのサインになることが多い。さきにあげた一見末梢障害のように思われる"めまい",聴力障害を調べてみると,椎骨脳底動脈の循環不全の初期症状であることが多い。そしてこれをいわゆるTIAのwarning signと考えていいようである。TIA(一過性脳虚血発作)の診断についての判定基準は椎骨脳底動脈系では第2表Bにみられる如くである。そして第2表の⑤の如く平衡障害については,きわめて大まかな判定基準となつている。臨床経験から推定すると⑤の基準はきわめて甘いようである。それはくり返して述べるように椎骨脳底動脈系のTIAのwarning signの一つとしての"めまい"が臨床的にきわめて重要である症例を経験しているからである。ではこのようなwarningsignとしての"めまい"を見逃すとどうなるであろうか。TIAの特徴である反復性をくり返し(第1表),やがて血圧の上昇,"めまい"発作そして片麻痺,仮性球麻痺などを示す様になり脳硬塞の臨床像を完成する。老人における"めまい"が重要であるにもかかわらず第3表にみられる如く"めまい"はTIAの除外項目に入つている。しかし筆者はこの"めまい"がTIAのwarningsignとしてきわめて重要であると考えている。
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