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1994年度ノーベル文学賞を大江健三郎氏が受賞した.巷の本屋さんには難解な大江文学の数々が堆く積み上げられ,それとともに大江健三郎氏の長男,大江光さんのCD〜大江光の音楽,大江光ふたたび〜が並んでいる.大江光さんに関しては,頭部に畸形を持って生まれ,知的障害を持つことや,彼の音楽的な才能についてマスコミで大きく報道されてきたので,ご存知の方も多いことと思う.
1992年秋に「大江 光の音楽」という,彼の初めての作品集であるCDが出された.キラキラと光る朝露のような美しいメロディーは発売当初から注目され,テレビなどでも取り上げられていた.その冬,テレビで聞いたピアノ曲の美しさに惹かれてこのCDを買った.この中に「Mのレクイエム」と「けいこ夫人のための子守歌」が13番,14番と並んで入っている.「Mのレクイエム」は,彼が生まれたときからお世話になった脳神経外科医であるM先生が亡くなられた時に,悲しみに沈んだ彼が心をこめて作った作品であるという.ベートーヴェンのピアノソナタ月光を想わせる出だしからつづく澄んだ音の調べには彼の深い悲しみが漂っている.それにつづく14番「けいこ夫人のための子守歌」は,M先生を亡くされた奥様,けいこ夫人のために作られた作品で,シューベルトの歌曲風の導入から日本的なメロディーがつづき,優しさがあふれるような作品である.このような作品を患者さんから,それも知的障害を克服し独り立ちできるようになった患者さんから贈られるのは,まさに医師冥利に尽きるといえるであろう.M先生とは日本大学脳神経外科教授であった故森安信雄先生である.こんなにも患者さんとその家族に慕われた先生は,幸せだなと思う.その反面,捻くれ者の私は,子供の先天奇形は感染やら何やらトラブルが続くものでもあるし,こんな患者さんを受け持った医師はさぞ大変だったろうなとも思ってしまう.仄聞によれば,ご苦労された受持医はN先生であるらしい.
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