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Ⅰ.はじめに
近年,量子科学(量子の振る舞いや影響に関する科学27))の発展により,これを基盤にした量子ビーム,量子スピン,光量子センサー,量子エレクトロニクスなどの技術は,例えば,量子コンピューティングやtime crystal(時間結晶)の実現に至るような著しい進展をみせており,わが国でも世界をリードする技術シーズが創出されている.こうした量子科学技術により,生体分子の動態や相互作用を検出する新規生体計測技術の開発といったテクノロジーの創出や,生命現象の中に真に量子的な現象を見出すなどの革新的なサイエンスへの展開が期待されている15).
本総説では,これらの量子科学技術が臨床応用されているもの,もしくはされ得るものについて述べるが,このような学際領域では,異分野の専門性の深さが理解を妨げることが往々にしてあるため,まず,量子科学技術の基盤となる理論体系である量子力学について簡潔に述べる.近年,量子力学のハイテクへの応用(特に量子コンピューター)を通じて,再び量子力学に目が向けられ,インターネットや書籍を通じて一般常識となりつつあると感じる.その際に,量子力学の不思議な面にフォーカスが当てられすぎて,必ずしも正しいとは言えない情報が流布している場合がある.そこでここでは,特に誤解が生じやすい点を3つに絞って述べたい.また,簡潔とは言っても,感じる難易度には違いがあると思われるので,それぞれが必要な情報を汲みとって読み進めていただきたい.
1つ目は,そもそも「量子」という言葉の定義についてである.『広辞苑』(第7版)37)では,「不連続な値だけをもつ物理量の最小の単位.物体の発する放射エネルギーについてまず発見され,エネルギー量子と呼ばれた」となっている(不連続な値だけをもつ物理量とは,例えば,長さなどの物理量を除くという意味である).これを踏まえると,原子も分子も電子もエネルギーも量子である.そして,量子力学とは,今挙げたような量子スケールにおける現象を記述する理論である.これらの微視的なスケールでの現象は,古典物理学(ニュートン力学やマクスウェル電磁気学)では説明することができない.古典物理学で描けないことから推測できるように,量子力学が描く世界は非直観的である.
2つ目は,量子力学は「確率」という抽象概念を扱うことで発展してきた点である.時空的存在を扱うのではなく,次元のない確率を扱うという点で,それまでの物理学と一線を画している.例えば,有名なシュレーディンガーの波動方程式は,波動を扱う関数という誤解が生まれやすい.実際に,波動をイメージできるのは限られた場合であり,波動関数は確率を扱っている.行列力学も,状態ベクトルにより量子力学を記述するわけだが,こちらも確率を扱っている.しかし,確率と言ってもいわゆる統計学のそれとは異なる.量子力学では,次元をもつ物理量が演算子として状態ベクトルに作用するからである35).
3つ目は,量子力学と言えば,「粒子」と「波動」の二重性がよく取り上げられるが,これも古典的概念を超越していることを意味しているにすぎず,われわれが解釈する上でのモデル概念にすぎないということである.つまり,粒子や波動というモデル概念と,光や電子という現実の対象は別のものとして整理するべきである35).
まず,量子力学について述べた.繰り返しになるが,生物学や医学をバックグラウンドとする者が量子力学の理論を理論物理学者並みに理解する必要はないと考える.非直観的だからこそ,われわれの常識を超える技術を生み出すことを可能にしていることを認識し,現象をどう応用するかに重きを置くべきである.例えば,今日の臨床において必要不可欠とも言えるMRIの仕組みも,量子力学が基礎となっている.
しかし,臨床を行う上で,量子科学技術そのものについて考える必要性は低く,時間的な制約もあることだろう.そこで,本総説ではおのおのの量子科学技術が何の量子性を利用しているのかを明確にすることで,量子科学技術の臨床応用について整理し直すと同時に,新たな視点を提供できるよう心がけた(Table1).
また,量子科学技術を生体に応用するということは,かなり広い意味を含むことになるため,本稿では大きく3つの軸を基に整理している.1つ目は,生体内の現象を量子科学技術の応用により解明すること,2つ目は,生命科学に応用可能な計測技術を量子科学技術の利用により開発すること,そして3つ目は,生命現象を量子力学的に理解することである.まず,量子科学技術の生体応用について,計測技術(脳磁図)の観点と核医学の観点から,現在臨床で用いられているものや,今後,臨床応用が期待される技術について述べ,最後に生命現象を量子力学的に解釈し得る例を挙げる.そして,それぞれの内容に則して,今後期待される量子科学技術を使った計測技術を,そのつど紹介する流れとした.
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