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知覚とは今,眼の前に見える世界と聞こえてくる音と,その中にいる自分の身体と手に触れるものを意識する心の働きである。フランスの哲学者メルロウ・ポンティーは知覚の現象学(1945)の中で「知覚こそ世界への入り口であり,知覚に先立っては精神といったようなものは何も存在しない」と述べている。つまり私たちの意識は,知覚を通じて外界とつながっているのである。外界の情報は様々な感覚器を通じて脳に入ってくるが,私たちは感覚受容器のシートに写った世界をそのまま見ているわけではない。このことは二次元の網膜像から三次元の世界が見えることからも明らかである。しかし,Wundtに代表される古典的な感覚心理学では,要素的な感覚の集まりで構成される感覚像を記憶像と照合することによって意味づけしたものが知覚であると定義した。これに対して,仮現運動を発見したWertheimerに代表されるゲシュタルト心理学の人々は,構成主義の考えに異議を唱えて,全体は部分の単なる寄せ集めではないと主張した。仮現運動とは近接する二つのスポットを順番に光らせると,初めのスポットが次のスポットの位置へ移動する動きが見えるという現象である。この現象はすべての映画やアニメーションの画面が動く理由であり,運動視の知覚の基礎に動きを読み取るオンラインの情報処理のプロセスがあることを示している。Barlowはカエルの網膜で動きに反応する細胞を発見して「ハエ検出器」と名づけた。彼は後にウサギの網膜で運動方向選択ニューロンを調べて,仮現運動に相当する刺激に反応することを証明した1)。これらの動物では,知覚のための情報処理が網膜のレベルから始まっているのである。
大脳皮質の細胞の反応と網膜の細胞の反応が全く違ったものであることを最初に教えてくれたのは,1960年代のHubelとWieselによるネコの視覚野の研究であった7)。視覚野の細胞は網膜の細胞とは違って丸い光のスポットではなく,細長いスリットやエッジに反応する。これはパターン認識の理論で特徴抽出と呼ばれるプロセスが,大脳皮質で起きていることを示している。HubelとWieselは単純細胞,複雑細胞,超複雑細胞と,次第により複雑な刺激に反応するようになる階層的な情報処理のプロセスが,視覚野にあることを明らかにした。これで視知覚のメカニズムが一気にわかるのではないかという期待が高まった。特徴抽出のプロセスは触覚や聴覚でも発見された。第一次体性感覚野では皮膚表面の動きに反応する方向選択性ニューロンや,エッジの傾きを識別するエッジ検出ニューロンが見つかった。聴覚系では音源定位に関係する両耳時間差や両耳強度差を検出するニューロンが見つかり,こうもりのこだま定位に関連して周波数の変化するFM音や,周波数の違う音を組み合わせた複合音に反応するニューロンが発見された。しかし特徴抽出は知覚の情報処理の一つのステップに過ぎない。実際には知覚を生み出す情報処理のプロセスは予想以上に複雑である。HubelとWiesel自身が述べているように,輪郭を検出する単純細胞や複雑細胞は,知覚の建築ブロックにすぎない。
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