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はじめに
1.放射線利用の歴史は傷害の歴史
レントゲン博士がドイツの研究室で放射線の存在を発見したのは,1895年11月8日です.人体を透視できる性質は人々の間に驚きを持って伝わりました.自分の手を透視して見せる大道芸人も一時は数多くいたようです.しかし,翌年の1月末には,X線によると思われる火傷を受けた大道芸人が,病院で手の治療を受けたとの記録があるように,安全面への取り組みはこの時点では不十分だったかもしれません.このほか,歴史書には,靴のサイズ確認やラジウム入りの女性用化粧品など一般の人も利用していたとの報告があります.このような放射線利用の歴史を知ることは放射線傷害発見の歴史を知ること,すなわち放射線の性質を研究者が理解していく歴史でもあります.
X線が発見された翌年の1896年には,ベクレル博士が放射能,すなわち放射線を発する物質が存在することを発見しました.1897年には有毛性母斑に対する最初のX線治療が行われたようです.しかし,こうした有効な放射線利用が始まるなかで1902年には世界最初の皮膚癌症例が放射線傷害として報告されています.トーマス・エジソン博士が報告した放射線技師に起きた死亡事例です.彼はその後放射線を用いた研究をすべて中止しています.
医療における放射線利用は,当初他にも多くの犠牲者を生みました.ドイツハンブルグの聖ゲオルグ病院には,1936年建立の複数の記念碑が今も残り,放射線診療の犠牲となった医師,技師,看護師の氏名が刻まれています.それでもなお医療における放射線利用は患者の命を救うために魅力的であり,今日のような発展を遂げていきます.
2.歴史を繰り返さないために
放射線の性質が明らかになるにつれて,撮影装置,治療装置の開発が急速に進み,近年では通常の放射線検査は患者にも術者にも放射線による傷害は発生しない状況となりました.したがってこの頃になると医療関係者も放射線の影響や傷害は過去のものとして放射線の安全についてあまり関心を示さなくなり,放射線は安心して利用できるもの,と過信していました.
昨今では,この10年で急速にIVR(interventional radiology)手技が普及し,今までにない利用方法も次々と報告されています.また,多列CT(multidetector-row CT;MDCT)の開発により,鮮明で解剖学的に忠実な画像をたやすく取得することも可能になりました.これらがどれほど患者に貢献しているかは本誌の読者へ説明する必要もありませんが,その一方で患者や術者に放射線傷害が起きる事態が発生したのです.
図1は透視を頻繁に行う医師に皮膚癌が発生したことを報道した新聞記事です.また,IVR治療の患者にも放射線皮膚傷害が散見しております.人への放射線影響・傷害は,昔も今も同じで大量に放射線を受けると傷害は起こります.放射線安全は医療安全の一環として,同様の事例発生を防止するために,医療スタッフへの職場教育の充実が急務です.本連載ではできるだけ日常診療役立つ放射線管理に関する情報を伝えていきたいと考えています.
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