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はじめに
私たちは毎日の生活の中で多くの情報を覚え,またそれを適切に思い出しながら日々の生活を送っている。この一連の心理過程は「記憶」と呼ばれ,私たちが生活するうえで欠くことのできない重要な脳機能の1つである。一口に記憶といってもさまざまなタイプの記憶があり,その内容は単一ではないが,私たちにとって日常的に最も一般的な記憶は「エピソード記憶(episodic memory)」と呼ばれるタイプの記憶である。「エピソード記憶」とは,具体的な出来事の経験に関する記憶であり,通常その出来事の内容(「何の」経験だったか)に加えて,出来事を経験したときの付随情報である時間(「いつ」経験したことか)や場所(「どこで」経験したことか)などの文脈(context)に関する情報が含まれている記憶のことを指す1)。本稿では,この「エピソード記憶」の心理過程の基盤となる神経機構について,脳機能画像(functional neuroimaging)法を用いた最近の研究を概観する。
エピソード記憶の神経基盤に関する研究は,症例H. M.に関する報告以来2),伝統的に側頭葉内側面(Fig.1:海馬および海馬傍回。海馬傍回はさらに内嗅皮質・周嗅皮質・海馬傍皮質に分けられる)に損傷を持った患者を対象として行われてきた3)。しかし,近年になって機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)などの脳機能画像法が開発されると,脳に損傷を持たない健康なヒトを被験対象として,ほぼ非侵襲的にエピソード記憶課題遂行中の神経活動のパターンを,脳血流量の増減を媒体として可視化できるようになり,世界中の多くの研究施設でヒトの記憶機能の神経基盤解明のツールとして利用されるようになってきた。
記憶の心理過程は主に「記銘(encoding)」「保持(retention)」と「想起(retrieval)」の3つの過程から構成されており,特にエピソード記憶の研究では記銘と想起に関する研究が多く行われている。従来の脳損傷患者を対象とした研究では,記憶の障害と損傷部位の関係を評価することで特定の脳の領域と記憶の心理過程の関連を検証するが,記憶の障害は想起させることによって初めて観察可能なものであるため,その障害が記憶の「記銘」における問題か,「想起」における問題かを分離することは,孤立性逆向性健忘(focal retrograde amnesia)4)などの特殊な症状を持つ症例を除いて方法論上困難であった。また,通常損傷部位はある程度の広がりを持つことが多く,詳細な脳の解剖学的部位と記憶情報処理に含まれる個別の心理過程との対応関係を検証することも困難であることが多かった。しかし脳機能画像法を用いた研究の場合,「記銘」の過程と「想起」の過程を分離して検証することが比較的容易であり,かつ実験パラダイムを工夫することによって,ある程度限局して解剖学的部位と心理過程との関係を言及することが可能であるため,従来の脳損傷患者を対象とした研究方法では難しかった記憶の特定の心理過程に関与する神経基盤の検証が,詳細に進められてきている。
本稿では,エピソード記憶の「記銘」と「想起」のそれぞれの心理過程に関連する脳機能画像研究の中から,特に側頭葉内側面の神経活動が報告されている2001年以降に出版された比較的最近の報告をレビューし,エピソード記憶に関連する側頭葉内側面の神経活動のパターンについて,①複数の記憶項目(item)間の連合,②単一の記憶項目と文脈(本稿では「文脈」を時間や場所の情報に限定せずに,記憶内容に付随する情報全般について使用する)との連合,③単一記憶項目,の3種類の処理の違いによって分類し,それぞれにおける活動パターンの特徴を示したい。さらに,近年のエピソード記憶に関連する脳機能画像研究では,「情動」情報の処理とエピソード記憶の処理に関連する,興味深い研究結果が報告されてきている。そこで,この「情動」と「エピソード記憶」の関連についても最新の知見を紹介していく。
Abstract
Previous functional neuroimaging studies have demonstrated the critical role of the medial temporal lobe (MTL) regions in the encoding and retrieval of episodic memory. It has also been shown that an emotional factor in human memory enhances episodic encoding and retrieval. However, there is little evidence regarding the specific contribution of each MTL region to the relational, contextual, and emotional processes of episodic memory. The goal of this review article is to identify differential activation patterns of the processes between MTL regions. Results from functional neuroimaging studies of episodic memory show that the hippocampus is involved in encoding the relation between memory items, whereas the entorhinal and perirhinal cortices (anterior parahippocampal gyrus) contribute to the encoding of a single item. Additionally, the parahippocampal cortex (posterior parahippocampal gyrus) is selectively activated during the processing of contextual information of episodic memory. A similar pattern of functional dissociation is found in episodic memory retrieval. Functional neuroimaging has also shown that emotional information of episodic memory enhances amygdala-MTL correlations and that this enhancement is observed during both the encoding and retrieval of emotional memories. These findings from pervious neuroimaging studies suggest that different MTL regions could organize memory for personally experienced episodes via the "relation" and "context" factors of episodic memory, and that the emotional factor of episodes could modulate the functional organization in the MTL regions.
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