忘れられない患者さん
目が見えない母親
土井 邦紘
1
1土井内科
pp.18
発行日 2003年1月15日
Published Date 2003/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1415100360
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今から約25年前のことですが,ある日事務の人から相談を受けました.妊娠して困っている人がいるという話です.当時私は神戸大学に勤務していました.案内されて訪れたのは大学に近い住宅街のある家でした.12歳の長女が迎えてくれましたが,部屋には少し大きなお腹をしたお母さんが座っていました.ポツポツと話し始めた時に,目が見えないことに気づきました.糖尿病が原因でした.産婦人科のM先生からは第1子を生んだ時に今後の妊娠はまかりならないと言われていたようですが,ご主人も,本人ももう1人子供が欲しいという切なる望みでありました.しかし,M先生の顔を見るのも怖くて,妊娠8カ月まで何処の産婦人科も訪れずに今日まで来たことを話してくれました.そして,私にその怖い先生に何とかとりなして欲しいという依頼でした.怖くてもその先生を信頼していたようです.早速,M先生を尋ねて経緯を話しましたところ,私が糖尿病のコントロールに責任を持つという条件付きで許可がおりました.やがて,可愛い赤ちゃんが生まれました.安産でした.腎症も悪化することなく,すべてが順調でした.家での生活も包丁を上手に使って料理し,おしめも目が見えているかのように取り替えていました.まさに「母は強し」であります.そんなある日,近所に住む妹さんからご主人の事業の失敗でその一家は神戸の土地を離れたと聞かされました.その後便りはありません.
今どうしているのか,私にとって気になり,忘れられない患者さんの1人です.
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