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京大医化学の沼先生は,私が学生のとき,丁度,ドイツから帰られた新進の教授だった.あまり授業に出ていなかった私は,自治委員として試験日程を交渉に行ったとき,はじめて先生のお顔を拝見したが,その後,大学の近所の決まったレストランでいつも夕食をとられているのをときどきお見かけした.寸暇を惜しんで仕事をされているのが容易に想像できた.あの当時,先生は「脂質代謝の専門家」と聞いていたし,確か講義も試験問題も「脂質」に関するものだったと記憶している.
約15年が経過して,私が病棟医長時代の研修医の先生と話していたら,「沼先生は,molecular biologyの権威ですよ」というのでびっくりした.少し文献を調べてみると確かにこの領域でめざましい業績をあげておられる.私が敬服したのは,その業績もさることながら,「脂質代謝の第一人者」としてすでに教授になられていた先生が,この15年の間に,新しい領域に目を向けられて,しかも,その分野でも,authorityになられたことである。私のしてきたようなささやかな臨床研究でさえ愛着はあるし,離れがたい安心感があるのでなかなか他の領域に踏み出すのには勇気がいる.しかし,1つの分野にいつまでも固執しているとどうしても頭が固くなるし研究も保守的になる.私の場合も,好中球から出発して,活性酸素,紫外線,接触過敏症,老化といろいろ徘徊したし,最近では,同僚の先生と血管内皮細胞や遺伝子のことまで首を突っ込んでいる.いかにも小人の研究態度ではあるが,いろいろな実験を並行して行うのが私には合っている気がする.私にとって実験に失敗を繰り返してもめげないコツはこのあたりにあるのかもしれない.「何でも見てやろう」という姿勢は,今後ますます分化と統合が必要とされる臨床研究において必須条件となろう.
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