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マウスを使った実験に従事したこの10年ほどの間に,私はたっぷりマウスに感作されたとみえて,マウスを扱うとくしゃみ,流涙,鼻漏に悩まされる.マスクを5枚ほど重ね,これに以前はゴーグルを着用して動物実験室に入らないと,仕事にならないほどの発作が起こる.今では,インタールの点眼で多少ましになったが,マウスの実験は今だにゆううつである.皮肉にも,私がマウスを扱うきっかけとなったのは,光アレルギー性接触皮膚炎の実験だった.それまで,光接触過敏症の実験にはモルモットが用いられていたために,免疫学的な実験が不可能で,T cell mediatedかどうかもevidenceがなかった.そこで,今は浜松医科大学へ行かれた滝川先生と,それぞれの研究時間の半分ずつを出し合って一緒に実験をやろうということになった.結果は惨憺たるもので,1年を経ても失敗続きで,何も生まれなかった.丁度その頃,この領域の第一人者だったDr.Harberが教室を訪れたので,二人で今やっている実験を熱っぽく説明した.うなずきながら聞き入っていた彼が最後に言ったのは一言,“For—get it!”だった.彼もマウスでやって失敗したから無理だという話だった.これで実験は絶望的になり,もう止めようという話も出たが,ここまでやったのだからもうしばらくやろうと続けるうちに,仕事が軌道に乗り出した.第一報がpublishされたのは,それからさらに1年後の1982年だったが,驚いたことに,同じjour—nalの同じ号に,アメリカのグループが,やはりマウスを用いた光アレルギーの実験モデルを発表していたのである.あの時,もし断念していたら,さぞ口惜しい思いをしていただろうと思うと苦労が報われたようでホッと胸をなでおろした.
当時の研究室は平屋の古い建物で,夜,実験が終わったあと,研究室の鍵を締め,冴え冴えとした蒼い月を仰ぎながら,その傍の木の根元に二人並んでオシッコをして帰るのが通例で,何故かそこだけ草が生えなかった.今では,新しい建物が立ち,思い出の木も無くなってしまったので,このマウスアレルギーだけが,あの頃の名残りとなってしまった.だから,うらめしくもなつかしいくしゃみに耐えながら,今でもマウスの実験を続けている.
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