鏡下咡語
滝沢敬一氏のこと
鈴木 篤郎
1
1信州大学
pp.886-887
発行日 1994年10月20日
Published Date 1994/10/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1411901000
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3年ほど前,書斎の奥から,昔読んだ本が何冊か出てきて懐かしかったが,その中の一冊に滝沢敬一氏の『第3フランス通信』があった。昭和15年刊行だから,私が医学部4年生の時である。滝沢氏のことは,その名著『フランス通信』とともに,年配の方なら覚えておられる向きも多いと思われるが,当時フランス好みだった私は,滝沢氏の『フランス通信』は新刊がでる度に,必ず買い求めて熱心に読み耽った記憶がある。しかし残念ながら,この本以外はどこへ行ってしまったのか,探しても見当らない。紺の縞模様に紅色で印刷された書名は,著者によるとフランスの三色旗に見立てた由だが,ペーパーナイフでページを切るフランス綴りとともに,その洒落たスタイルの斬新さにまず感心したものだった。その上文章が実に軽妙で滞ることがなく,内容の新鮮さと相俟って,フランス好きの若い我々を夢中にさせた。事実,氏の文章には50年以上たった今読み返してみても,少しも古さを感じさせない不思議な魅力がある。
所で私は,この滝沢氏に一度だけ会ってお話を伺ったことがある。しかもその内容は,大方の予想するような『フランス通信』の一読者に対する文学的雑談ではなく,フランスにおける医療制度や医師養成制度といった,およそ氏にはあまり馴染みのない問題の解説をたっぷり2時間伺ったのであった。
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