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I.はじめに
骨導は一般に内耳機能を反映するが,中耳伝音系の影響も受けることはよく知られている。この問題については1920年代以後盛んに研究され,中耳陰圧1~3),正円窓の閉鎖やアブミ骨の可動性低下4,5),耳小骨連鎖の離断6),中耳の液貯留7~9)などの因子により骨導は低下することが明らかにされてきた。中耳伝音系の障害による骨導の低下は可逆的であるため,Tonndorf6)はこれをpseudo-perceptive deafnessと呼ぶことを提唱したが,その後この名称は一般化するに至ってはいない。中耳伝音系の障害による骨導聴力低下で最もよく知られているのは耳硬化症にみられるCarhart notchであるが,このようなnotchはアブミ骨の固着のみならず耳小骨連鎖の離断でもみられる6)。Gatehouseら10)は,これらの要因を含めて骨導音伝達に関与する外耳・中耳成分の抑制による骨導低下を総称してCarhart効果と命名しており,この名称は現在もよく用いられている。
滲出性中耳炎において,中耳貯留液による骨導低下はglue earなど主に粘稠な貯留液に認められるが7,9),最近Kumarら11)は中耳貯留液による骨導低下を利用するとglue earの正診率が高くなると述べている。彼らはCarhart notchありと判定した基準については記載していないが,glue earの76.6%にCarhart notchが認められnotchの有無とティンパノグラムを併用することでglue ear診断の感度,特異度ともに上がるとしている。一方,耳小骨連鎖離断による骨導低下は手術により連鎖再建が成功すれば改善し得るため,耳小骨連鎖再建成功例で術後の気骨導差を判定する際に,術前骨導と術後気導を用いるとoverclosureとなる例が多くなるという問題点がしばしば指摘されてきた12~15)。この問題点が認識されるようになり,1995年,AAO-HNSは耳小骨再建手術の術後気骨導差判定16)に用いる骨導は術前骨導値ではなく術後骨導値を用いるように変更されている。このように,中耳病変による骨導低下は以前から知られていた事実ではあるが,臨床的に中耳疾患の診断や聴力評価に取り入れられるようになってきたのはそれほど古いことではない。
中耳陰圧,中耳貯留液,耳小骨離断などの中耳病変による可逆的な骨導聴力低下は一般に5~10dBと軽度であるが,中耳疾患の内耳機能を正しく評価するにはこれらの因子の影響も認識しておく必要がある。
本稿では,中耳病変で骨導聴力に影響を及ぼす病変のうち滲出性中耳炎や真珠腫性中耳炎にみられる中耳陰圧,中耳貯留液,耳小骨連鎖離断の3因子の影響について,筆者の観察結果をもとに述べたい。
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