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翻訳中とは聞き及んでいたが,思いのほか早く出版されたので驚いている。早速散読させてもらった。誠に慶賀にたえない。理由はいくつかある。第一には,身体診察のバイブルである。万事に考察が幅広く,深い。第二に,もともとはサパイラ先生の単著である。つまり,1990年の初版は,米国における「悪しき検査主義」に抗し続けた先生の魂魄の書であった。第三に,内容を新しくする努力が継続されている。すなわち,第2版以降はオリエント先生(初版から関与)たちによって斬新さが保たれて,今日の第4版にまで至っている。したがって,1990年代以降のEBMの成果も盛られている。第四に,日本語なので何といっても読みやすい。原著の英語は医学書にしてはかなり歯応えがある。人を食ったようにしゃべられることの多いサパイラ先生ならではだが,「米国の研修医の英語の水準では,ちょっと難しい」。第五に,あちこちで「サパイラ節」が炸裂していることである。個人的思い出あり,医学の歴史の叙述あり,さらには文学の挿入ありという風に。ただし,これには異論もあるだろう。初学者向きではないし,医学書は簡潔を旨とすべきだからである。第六に,この方面に造詣の深い,しかも練達の英語の読み手を訳者として多数集められたことである。数多くの訳注は,各訳者の努力を物語る。監訳者の尽力も透けて見える。よりこなれた訳出のためには数名だけの手になるのが理想だが,さすがにそれは高望みであろう。
サパイラ先生の医者人生と還暦での引退が,米国でのH&P(history taking&physical examination;病歴聴取と身体診察)の消長を裏打ちするのは,「初版の序」からもうかがえる。1936年生まれの先生は,61年にピッツバーグ大学医学部を超優等で卒業。根っからの一般内科医なのだが,身体診察研究者としても頭角を現され,全米中で活躍された。私は90年代の中ごろにお付き合いをしたのだが,60年代初頭の米国の内科の臨床・教育のまとまりをしきりに懐かしがっておられた。専門分化に伴う知識の分断化に対する憂いは,実に深かった。
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