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はじめに
個体発生は系統発生を繰り返す.生殖は地球上に存在するあらゆる動物(生物)が子孫を残す手段として,祖先から代々引き継がれた営みである.一般に,寿命の短い生物ほど子孫を残すことに全エネルギーを費やすことが知られており,例えば,鮭がたった一度の産卵のためにふるさとの川を遡上し,産卵が終えると命が枯渇するのがそれである.
ヒトの場合も例外ではなく,歴史的にみても妊娠,分娩には常にリスクを伴い,妊婦は命懸けで分娩に臨んだという.しかも,ほかの動物と比較して,根本的にヒトの分娩はリスクを伴い,難産である.このことは以下に述べるごとく,ヒトの進化と形態学・解剖学的機能と密接に関連している.すなわち,
(1)ヒトが言語を話し,直立して手を使うようになって大脳化(encephalization)が起こったこと.ヒトの新生児の脳重量は約400 gとほかの動物と比べて大きく,CPD(児頭骨盤不均衡)のリスクがあること.
(2)直立二足歩行に伴い,内臓(腸管)を支えるため両側の骨盤腸骨翼が外側に広がって入口部が扁平化した結果,複雑な分娩機転(骨盤内で児頭が回旋する)が発生した.その結果,ヒトの分娩では回旋異常を起こすことがあること.
(3)ヒトの胎盤は解剖学的に絨毛が脱落膜のなかに進入した血絨毛型(hemochorial type)であるため,分娩時大出血を起こしやすく,ときとしてカタストロフィ的状況をきたすこと.
すなわち,ヒトの分娩は基本的に常にリスクを伴う現象であり,このことは将来も変わることはない.生物学的原点に戻って,今一度ヒトの分娩を,国民目線のみならず,医学的にも見直すことが重要である1, 2).
妊娠,分娩に伴うリスクには,予知することが可能なものと,突発的かつ偶発的に起こり予知不可能なものがある.前者は妊娠中のスクリーニングによる検査所見や,妊婦の環境因子などからリスク因子を抽出し予知するもので,リスクの程度を評価して,異常(adverse outcomes)を予防することも,ある程度は可能である.一方,後者はほとんど予防が不可能なものである.
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