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はじめに
性同一性障害(gender identity disorder : GID)とは,「生物学的性別と性の自己認識とが一致しない状態」,すなわち男性が女性の身体に,あるいは女性が男性の身体に閉じこめられた状態である.近年,日本でもThe Harry Benjamin International Gender Dysphoria AssociationのStandards of Care for Gender Identity Disorders1)を参考にした日本精神神経学会のガイドライン2)に沿って治療が開始された.埼玉医科大学,岡山大学医学部においては,倫理委員会の承認のもと,精神科医,産婦人科医,泌尿器科医,形成外科医からなる専門医がチームを組んでGID症例の精神療法,ホルモン療法,性別適合手術(sex reassignment surgery : SRS)を施行している3~6).GIDについては,人気テレビドラマのテーマとして取り上げられたり,GIDの女子競艇選手がカムアウトし,男子選手として認められるなど,日本においても理解が浸透しつつある.しかし,日本のGID当事者にとっては,依然として種々の社会的問題が山積している.
その1つに性別変更の問題がある.就職,種々の賃貸契約,病院での保険診療など,種々の場面において,身分を証明するために性別も確認されることが多い.また,法的に結婚ができない.家庭裁判所は戸籍法第113条により錯誤などによる戸籍の記載の誤りを訂正することを許可できる.これに基づき,性別変更のための多くの申し立てが行われてきたが,GIDを理由とした戸籍訂正はほとんど認められていない.
また,多くのGID当事者にとって深刻なのは経済的な問題である.性別を隠すため,アルバイトを転々としたり,就職が困難であったりする場合も多く5),診療に伴う費用は生活上の負担となっている.GID診療の特徴として,(1)精神療法は観察期間も含め長期間となり,多数回の受診が必要である,(2)ホルモン療法は一生にわたり長期間,継続して行われ,肝機能障害や血栓症などの副作用の定期的な検査が必要である,(3)手術療法は,生殖・泌尿器科的手術,形成外科的手術,美容外科的手術のすべてが必要となることも多く,修正手術や術後の管理などにも費用がかかる,などのことがある.また,GID診療の社会的問題として,(1)正式にSRSまでの治療が可能な施設は,現在,2施設のみであり,治療のための通院にも交通費などの費用がかかる,(2)正式に治療を進めるにはガイドライン2)にしたがう必要があり,治療を開始するまでに多数回の受診が必要である.また,倫理委員会用の検査も高額である,(3)ホルモン療法や手術療法,それに伴う検査は健康保険の適用外のため,自費診療(10割負担)である,などのことがある.
GID診療にかかわる医療費用に関する検討の報告は少なく7),日本においてはみられない.今回われわれは,GID診療の費用,特にホルモン療法を中心に検討したので報告する.
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