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はじめに
「妊娠中毒症」は学説の疾患と呼ばれ,本疾患の病因,病態が明らかになるにつれ,国際学会などにおいて定義・分類などが改変されてきた.本邦においても,現在,日本妊娠中毒症学会(佐藤和雄理事長)を中心に「妊娠中毒症」の定義・分類の改変に関する検討を行っているが,本稿では定義・分類の改変が今なぜ必要かについて理解するために,歴史的背景を概説するとともに,日本妊娠中毒症学会が作成した「新しい妊娠中毒症の定義・分類」試案を紹介する.
「妊娠中毒症」に関する最古の記述は,紀元前400年頃のヒポクラテスの著書にある妊娠中の痙攣発作であり,「子癇」という言葉は1616年Varandaeusの婦人科宝鑑に用いられ,1722年,de la Motteは痙攣のあった患者が分娩を終了すると症状が軽快することを初めて記載している.1897年にVinaryは子癇患者と高血圧の関係を報告し,1843年にはSimpsonらが子癇に蛋白尿,浮腫が合併すること,1885年にはBallentyneが子癇に蛋白尿,高血圧がみられることを報告し,1903年になり子癇の主症状は,高血圧,蛋白尿,浮腫であることを記載した.臨床的な事象により,子癇は高血圧,蛋白尿,浮腫と関連し,さらに高血圧,蛋白尿,浮腫は子癇の前兆であることが認識され,pre─eclampsiaなる言葉が作られ使われるようになった.子癇,高血圧,蛋白尿,浮腫などは妊娠が終了すると軽快することより,病因として,当初,胎児に由来する毒性物質が原因であると考えられ原因物質の研究が盛んに行われた.この毒性物質がpre─eclampsia,hypermesisなどを引き起こすと考えられ「Toxemia」という用語が用いられるようになった.1940年に米国のMaternal Welfareの委員会により「Toxemia of Pregnancy」の分類が提案され,1952年にはAmerican Committee of Maternal Welfareにより,高血圧,蛋白尿,浮腫の一症状でもあればpreeclampsiaとすると定義された.
その後,「妊娠中毒症」の病態論の研究が進むにつれ,「妊娠中毒症」は高血圧が主体であり,蛋白尿,浮腫は付随的な症状であるという考え方が生まれ,1972年には,American College of Obstetricians and Gynecologists(ACOG)が,「Toxemia of Pregnancy」という用語を廃止し,「Hypertension of Pregnancy」という用語を用いた.その後,ISSHP(1988年),NHBPEP(1990年),NIH(1996年),ASSHP(1993年)などでも高血圧を主体とした分類変更が行われた.
本邦における「妊娠中毒症」の定義・分類は,1962年に妊娠中毒症委員会(真柄正直委員長)が晩期妊娠中毒症分類(表1)1)として作成したものが最初であり,1984年に作成された定義・分類が現在広く用いられている(表2)2).その後,1992年(表3)3),1997年(表4)4)に改訂され現在に至っている.
「妊娠中毒症」という用語は,妊卵や胎盤からの物質による中毒という成因論的な立場から考えられた言葉であり,日本の研究的背景を考えると非常に受け入れやすい名前であった.“「妊娠中毒症」を高血圧を主徴とする分類に変更する”,あるいは,“名称を「子癇前症」に変更する”などの問題については,1984年改訂時より幾度となく検討されてきたが,浮腫・蛋白尿があっても高血圧がなければいわゆる「妊娠中毒症」ではないという概念や,「妊娠中毒症」以外の名称は一般臨床家には受け入れられないという意見が多く,根本的な変更までには至らなかった.しかしながら,「妊娠中毒症」の病態が解明されるにしたがい,本邦の定義・分類が現在解明されている病態を的確に捉えているとはいいがたく,また,国際学会などでも少なからず支障をきたしているため,国際的に承認される定義・分類に変更することが急務となった.1998年より妊娠中毒症委員会では検討を重ね,新しい「妊娠中毒症」の定義・分類の試案を作成した.新しい定義では従来の「妊娠中毒症」を「妊娠高血圧症候群」と変更している.
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