連載 特別講義 整形外科の歴史・2
「先天性」股関節脱臼の治療史―CDHからDDHへ
小野 啓郎
1
1大阪大学
pp.578-583
発行日 2013年6月25日
Published Date 2013/6/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408102730
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
早期治療:1歳未満,できれば新生児期に
1930年代後半から,Lorenz法の股関節脱臼の遠隔成績不良が相次いで報告され始めた.Severin71)は1941年に,330例454関節のフォロー(5~27年の追跡)から,X線上で大腿骨頭が正常と判定できるのはせいぜい10%にとどまると報告した(表1).年長児の無理な整復操作も一因とされた.
診断と治療の遅れに対して早期治療(新生児~乳幼児)を提唱し,その目覚ましい成果を国際社会に訴えたのはイタリアの整形外科医Putti(1880~1940)(図1)であった65,66).歩き始めた子供のびっこに気づいてようやく治療を始めるという,世界的な常識に挑戦したわけである.先進国(ここでは英国)における標準的治療の実例を前回(48巻5号)述べたが18),年長児における脱臼股関節の整復は難しい手技の1つであった.革命的な非観血治療の開発者として知られたLorenzは,その適応年齢を広げ過ぎていた.そのために行く先々でさまざまなトラブルを起こす.再脱臼以外にも,無理な整復操作の結果,大腿骨骨折や大腿神経・坐骨神経の麻痺などを惹き起こす例が多くて不評だった.20世紀初頭に米国を訪れた彼は,各地で大歓迎を受けたが,整形外科学会の記録は芳しいものではなかった73).
Copyright © 2013, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.