心の行脚・14
けたはずれの人生
井口 潔
pp.1785-1786
発行日 1990年11月20日
Published Date 1990/11/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407900316
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少し固い話が続いたので,軟らかい話をさせて頂こう.数年前,朝日新聞に「けたはずれの人生」という見出しで次のような記事が出ていた.素人がれっきとしたオーケストラの指揮をしたという話.マーラーの交響曲第2番“復活”の演奏会が新日本フィルのオーケストラで東京で開かれたとき,その指揮者はギルバート・キャプランというアメリカ人だった.キャプラン? ギルバート? こんな演奏家は聞いたこともない.それもそのはず,この人は音楽家ではなく,ニューヨークの金融専門の月刊誌の社長だったのである.このキャプラン氏,若い頃マーラーの2番を聴いて眠れぬほどの感動を受け,以来この曲だけでよい,これを指揮してみたいと思い続けていたようだ,そして,実際に夢の実現にとりかかったのが40歳を越えた上記演奏の3年ほど前で,プロを先生としレコードに合わせて指揮の稽古に励み,アメリカ交響楽団を借り切って練習に入り,とうとう公演までこぎつけたという.以来,1曲だけの指揮者となった。この間,この作品の演奏会を追って世界各地15の都市を飛び,これにつぎこんだ費用はためて60億円という.
どのような出来ばえのものであったのかは知らないが,なにしろこの大曲にして難曲を暗譜してプロのオーケストラを指揮するのだから,その冒険心は大したものである.
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