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はじめに
1923年9月1日の関東大震災を経験した寺田寅彦は,1937年に「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を十分に自覚して,そして平生からそれに対する防禦策を講じなければならないはずであるのに,それが一向に出来ていないのはどういう訳であるか.その主なる原因は,畢竟そういう天災が極めて稀にしか起らないで,丁度人間が前車の覆を忘れた頃にそろそろ後車を引き出すようになるからであろう.」と述べている1).2011年の東日本大震災と同規模クラスの地震・津波が東北地方を襲ったのは,869年貞観地震,あるいは1605年慶長地震であるから,人間の一生よりもはるかに長い間隔で繰り返す事象を,世代を超えて伝えていくのも困難であるし,伝わったとしてもまるで違う社会なのであるから,起こりうる被害も全く異なる.それほど長い時間起きずに済んでくれれば,自分の一生には無関係と割り切ることもできそうだが,どうやら地殻のひずみとして蓄えられたエネルギーは,地球にとっては極めて正確な時間間隔をもってやってくることがわかっている.現在の科学技術からは,地震の発生を正確に予測することは不可能である2)とされている一方で,地殻変動は極めて正確に測定されるようになり,ひずみのエネルギーが蓄積されていることも正確に計算されている.したがって,内閣府が予測するように,南関東で30年以内にM7クラスの地震(首都直下型地震)が発生する確率70%,西日本で30年以内にM8〜M9クラスの大規模地震(南海トラフ地震)が発生する確率70%,30年以内に日本海溝千島海溝周辺で海溝型地震が発生し最大波高20 mに及ぶ津波を引き起こす確率60%という予測3)(図1)は正しいのである.正しいのだが,被災者(未災者)にとっては,起きうる正確な日時はわからないことに変わりはない.しかし,正確にわかったとして,あなたはどのような対策をとるだろうか? 日本は全国どこに引っ越そうが災害に出遭わないという地域はない.また,地震や津波だけが災害ではなく,新型コロナウイルスSARS-CoV-2が引き起こしたパンデミックで外科手術の制限を誰しも経験したところではないだろうか?
本稿は,東日本大震災の経験と災害医療,災害科学の考え方にもとづいて災害時の外科診療継続を見直したものである.今いる地域で,外科医としてどのように災害を乗り越え,日常の外科診療の中断時間を短くするための工夫を考えていただく一助になれば幸いである.
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