世界の手術室・3
ドイツとアメリカの伝統
隅田 幸男
1
1国立福岡中央病院心臓血管外科
pp.1130-1132
発行日 1973年8月20日
Published Date 1973/8/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407205863
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伝統を誇るヨーロッパ医学のメッカの1つにミュンヘン大学医学部がある。この大学では胸部外科の開拓者E.F.Sauerbruchがかつて活躍し,その後R.Zenkerが引継いで,Düsseldorf大学のE.Derraと共にドイツの近代胸部心臓外科を二分して頑張つてきたところである.
ミュンヘン大学病院は公衆衛生学の父であるMax von Pettenkofer(1818〜1901)の名にちなんだ通りにある.余談だが経口感染説を否定したPettenkoferは自らコレラ菌を飲んだがため感染し死亡した.ここで学ぶ日本からの留学生は今もあとを断たない.Sauerbruchがここの外科教授になつたのは若冠36歳(1911年)の時である.彼は1903〜1904年にわたり低圧室内で肺虚脱を防ぎながら食道や肺疾患患者の手術をしたという.その後陽圧室も考案している.運動場のように広い床をもち,大空のように高い天井をもつ当時の手術室は古色蒼然と今日でも残つている.そんな手術室であるためか過去と現在との混在が著しい.IBMのコンピューターがあるかと思えば,巨大なガスボンベが沢山転がつていたりである.手術器械台の上にどつかりと置いてあつたごつい開窓器もポンペイ遺蹟から発掘されたものと何ら変りがなかつた.
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