患者と私
ヒポクラテスから何を学ぶべきか
宮本 忍
1
1日本大学医学部第二外科
pp.1554-1556
発行日 1970年10月20日
Published Date 1970/10/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407205232
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現代医学のひずみ
先日,ある会合で級友に会つたとき,彼は,近頃の若い医師は病歴を書いても患者の職業を書き落としたりするばかりでなく,そういうことにはあまり関心を持たないのは困つたことだといつた.私は大学で学生の教育にたずさわっているからその責任の一半を背負わねばならないと思うが,病気の種類によつては患者の社会的背景を考慮しないと正しい診断をつけられない場合も少なくないはずである.それなのに,若い医局員がしばしば職業を患者から聞くことを忘れているのは現代医学のひずみと考えてもよい.診断には検査データの集積が必要であることが強く主張される反面,患者の病歴が軽視されがちであるのは,病気それ自体が医師の関心の対象であつて,これを担う個体としての生きた人間が忘れられてしまうためである.われわれの学生時代は社会不安の存在したせいであつたと思うが,強い社会的関心をいだくものが多く,病気の社会的原因をつきとめてこれとたたかおうとする積極的な姿勢が至るところに見られたものである.その結果,同級生のうちから卒業後厚生省や結核療養所や精神病院へ医師として勤務するものが多く出た.したがつて,卒業後30年余を経た今日でも患者の職業を聞き忘れる若い世代の社会的感覚には我慢ができないわけである.
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