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『老人のぼけの臨床』を読んだ。著者の柄澤博士は,慈恵大学名誉教授新福尚武博士の門下で,現在は東京都老人総合研究所心理精神医学部の部長として活躍しておられる。氏らを中心にして行なわれた100歳老人,あるいは90歳老人の研究は,精神医学の面にも貴重な貢献をもたらした。『……患者としての老人ばかりでなく,一般家庭の老人や施設の老人,健康な老人や病弱な老人,90歳あるいは100歳という超高齢老人等,さまざまな老人と幅広く接することが出来た。今思えばこれらの経験は,痴呆老人の診療経験それ自体より以上に,老人のぼけの理解のために有効であったと思われる。生理的な老化現象と病的なぼけの境界は,以前に自分が考えていた程不明瞭ではないこと,ぼけの多くは決して単なる老化現象ではないことなどを実感出来たのはそのお陰であった。……』と著者は序に述べている。
本書は先ず,ぼけと痴呆の概念について解説している。痴呆とは一旦正常に発達した知的能力が二次的に低下したものであり,『脳の器質性病変によって生じた全般性の知能低下で,回復不能のもの』と定義されている。これに対して,『老人の全般的な精神機能の衰え』を「ぼけ」senilityとよんでいる。安易な痴呆概念の拡大が知らず知らずのうちに概念の混乱を招いていることを著者は指摘する。その意味で著者は,痴呆をば,『回復不能のもの』として,狭義に定義している。ここで先ず問題になるのは,老人の「ぼけ」についての正しい理解であろう。従来,このようにして提示された「ぼけ」の概念は他に見当らない。従来われわれは常識的に「ぼけ」を,生理的な老化現象として,「軽く罪のないもの」と理解してきている。しかし著者によると,『老人のぼけは,多くの場合何らかの病気によるもの,病的なものであって,必然的,不可避的な老化現象ではない』のである。すなわち,先ず著者の唱える「ぼけ」の概念を正しくとらえない限り,本書の内容の理解は困難であろう。脳血管性痴呆のぼけ,老年痴呆のぼけという言葉が出てくるとき,これを直ちに,脳血管性痴呆や老年痴呆における「全般的な精神機能の衰え」というふうに置き換えて理解しないと混乱が生じる。
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