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向精神薬が次々に開発されているにもかかわらず,向精神薬によつてひきおこされるヒトの脳波に関する研究はそれ程系統的には行われていない。その理由としては,この本の編者であるTuran M.Itil教授が緒言で述べているように,精神医学の領域における脳波の応用は,むしろ悲観的な目で見られていたということによるのであろう。編者のItil博士はFink教授らとともは,向精神薬の脳波への影響を系統的に研究して来た学者である。昭和38年の夏のある日,私はセント・ルイスにあるミズリー精神医学研究所(Missouri Institute of Psy—chiatry)を訪れ,Max Fink,Turan Itilの両博士にお会いしたが,その当時,脳波の定量的分析の研究に今からとりかかろうとして,設備が大体ととのえられたところであつた。その後日本からも数人の若い研究者が相次いでこの研究に参加することになつた。いわゆる定量的薬物脳波(quantitative pharmaco-electroencephalo—graphy)が一般の注目をひくようになつたのはその後のことである。定量的薬物脳波研究の進歩によつてもたらされた大きな成果は,ある新しい化合物がどのような薬効を持ちうるかを予測することが可能になつたということである。つまり薬物のスクリーニングが可能になつたということである。その例としてItilが述べているのはtetracyclicの化合物であるGB-94(mianserin hyd—rochloride)である。この薬物は抗アレルギー剤として効果があることが薬理学的には知られていたが,定量的な脳波分析の結果,三環系の抗うつ剤,特にアミトリプチリンに似ていることが見出され,また臨床的にも抗うつ剤として応用出来ることが明らかになつて来たのである。現在わが国でも治験中であり,その効果が確認されつつあるところである。本書は9章から成り,第1章は定性的な脳波所見,第2章は種々の脳波の定量化の方法に基づいた向精神薬の脳波への影響について述べられている。この章の中に,FinkやItilの定量的脳波の研究,さらにわが国から関西医大精神科斉藤正己氏のアナログ周波数分析の研究が含まれている。第3章は睡眠脳波に及ぼす精神薬物の作用,第4章は睡眠脳波の定量化所見,第5章はREM睡眠(desynchronized sleep)の所見,第6章は皮質下脳波所見が述べられている。第7章はヒトの誘発電位への影響が述べられている。第8章は脳波と行動との関係についての記述があり,第9章で脳波のデータの統計的分析の問題が述べられている。昭和38年当時にはじめられたばかりのItilらの研究がここに集大成されたことは喜ばしい。今後,この領域の研究が我が国においても進展するよう多くの研究者に一読をおすすめしたい。
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