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編集後記
大橋 博司
pp.504
発行日 1974年4月1日
Published Date 1974/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1406203544
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Aphasieという術語を提唱したのはTrousseau (1864)であり,aphémieという言葉を使つていたBrocaとの間に用語の適否をめぐつて論争があつたが,一応apha—sieが一般に定着した。もっとも運動失語にaphémieという語を用いる学者は現在でもあるけれども。Apraxieの方はいうまでもなく,Liepmannが1900年以後,その症型と理論を確立したが,この言葉そのものはStein—thal (1871)のものらしい。またAgnosieはといえば,これは意外にも後の精神分析学の創始者であるFreudが若い頃に書いた失語症の単行本(1891)に,agnosti—sche Aphasieを分けたその名称が認知障害に転用されたものである。この本は自家例が1例もなく,諸家の報告例の批判的考察であるが,さすがに独創的な内容である。ただし当時は全々認められず,Freudの伝記を書いたJonesによれば,僅か数十部売れただけなのであとは自分で買いもどしたとかいう。英国にはだからこの本は1部も渡らなかつたそうだ。おそらく日本にも来なかったと思う。私もこの本は後年Stengelの英訳が出たので読んだだけである。Bergsonの「物質と記憶」(1896)は当時の失語症論を徹底的に研究,批判した上で,かの有名な心身相関の形而上学を打ち出したのであるが,そのBergsonもこのFreudの著書は知らなかつたらしく,言及がない。もしこの大哲学者が彼の本を見ていたら,どのように評価しただろうか。いささか興味ある想像である。
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